2008/02/26

サービス残業でも先進国か?

G7各国は一応経済先進国と言うことになっている。最近ではそれにロシアも加わりG8と呼ばれるようになり、名称も国際社会における主要国と言う位置づけらしい。ロシアはそういう意味では未だ経済の先進国には仲間入りできないと言う事なのかもしれない。

しかしながら早くからアジアで唯一G7のメンバーになっていた日本は、国際的な位置付けはGNPやGDP等の数値からすれば先進国かも知れないが、毎年裁判等で争われる自殺者の残業時間を見ていると、とても先進国の常識では考えられないような実情が報告されている。

その最たるものがサービス残業である。つい最近マクドナルド チェーンが店長と言う役職を与え、いくら残業をしても管理職なので残業代を支払わないという事に対して裁判で敗訴している。この様な大手の場合は名前も出るが、中小の企業で働く人達のサービス残業は余り取り上げられた例が無い。自殺者が出るような事態になり、はっきりした物的証拠や記録などがある場合には裁判で争われることもあるが、現実には中々難しいのが実情であろう。

この様な実態はILO(国際労働機関)でも掌握しており、過去にも日本政府に是正を促した事はあったが、これまでのところ中々実態の変化は無い。英国やEU諸国ではこの様なサービス残業は先ず考えられない。個々の人権に対する意識だけではなく、権利意識が強い近代社会においてはサービス残業そのものが成り立たない。サービス残業のみならず働く者の権利は休暇の日数や休日出勤に対する保障制度など、かなり厳しく規定されている。そのお陰かどうかは不明だが日本の様にサービス残業で心身共に疲れ果てて自殺する人は聞いた事がない。

では、英国人は働かないのか?と聞かれると、そんなことは無い。中でも日本のオフィス労働者より労働時間が長い人達も居る。役職にある人や経営側にある人達は実働時間も日本と変わらないか長いほどである。しかしながら問題にならないのは休む時間はしっかり確保されているし、労働時間に見合った手当も充分に支給されるからだ。

21世紀に入って、しかも経済先進国と言われる国でサービス残業など恥ずかしい限りではないか。最近でこそ女性の管理職も増えてきたとは言え、まだまだ政治の分野と同じく女性管理職や経営者の数は驚くほど少ない。人類の半分が女性と言う現実を見るならば、この半分が数の上で反映されない社会と言うものは、どこかでいびつな現象を引き起こす。最近学校関係者の間で言われるモンスター ペアレンツ等もその様ないびつ現象の一つではないか。女性が一般社会で男性と同等の立場(チャンス)を与えられ、社会の中で学ぶ(経験する)事により一般的な常識と言うものが身に付けられれば、男も女もより成熟したバランス感覚が養われ、モンスター ペアレンツ等という人達もいくらかは減るのではないだろうか。

2008/02/22

演武と乱捕り

武道としての少林寺拳法を表現するのに一番手っ取り早くて説得力のある方法は演武かもしれない。一般に武道と何の接点も無い人には言葉で少林寺拳法を説明する事には限界があるが、演武はその少林寺拳法が持つ技術的特徴を短時間で表現出来る大きな手段なのではあるまいか。当然のことながら、見る人を魅了する迫力ある演武を身に着けるにはかなりの時間と努力が必要な事は言うまでも無い。

近年道場における練習で乱捕りのしめる時間は随分少なくなった。自分が入門した1960年代前半はまだまだ少林寺拳法の道場そのものが少ない時代であった。道場は柔道場と剣道場が半々の場所を大人ばかり(年少部が無かった)100名以上もの拳士が所狭しと練習しているような状態だった。

当時、高校生だった自分は土曜日の学校が終わると随分早くから道場にでかけた。同じ学年の高校生達が道場の始まる1時間以上も前に集まってくる。練習等とは名ばかりの軽いストレッチングの後は、いきなり乱捕りだ!剣道の胴のようなプロテクターを身にまとい12オンスのグローブを着けて先輩たちの見よう見まねで殴り合いである。脛や腕のあざ等は日常茶飯事、上達はともかく、しっかり汗をかいて『練習した!』という充実感だけは毎回あった。

少林寺拳法が開祖によって四国に産声を上げてからまだ20年にもならない時代である。毎月の入門者が10名以上の時代、自分が入門した月には20名以上の新人が同時に入門式を受けた記憶がある。その入門式の最後に披露されるのが演武だった。

2組くらいの演武が新入門者の前で行われるのだが、この頃の道場は入門者も先輩達の拳士も一体になって楽しんで居た。拳法を始めて何年かは先輩拳士の演武に圧倒され、自分もいつかはあんな演武が出来るようになりたいと興奮して見ていた事を思い出す。

大学を卒業して何年か経った70年代中頃に乱捕りにおける死亡事故が起きた。大学拳法部の新人戦だったと聞く。

それ以外にも乱捕りの練習中におきた死亡事故は数件ある。まことに残念と言わなければならない事故であったが、それ以後乱捕りに対する判断が大きく二分されたように思う。先ず開祖自らが大学拳法部の乱捕りの大会を見直すよう指導された。

当時の学生大会は『選手権大会』となっており、今から考えれば勝利至上主義であったことは否めない。そしてその後の経緯はご存知かと思われるが、学生大会における自由乱捕りの試合が無くなった事である。確かに死亡事故はなくさなければいけないが、乱捕り練習まで無くしてしまった道院や大学拳法部は、今少し冷静に少林寺拳法の武としての要諦を見直してみる必要があるのではないか?

開祖が示唆されたのは乱捕りの有り方であり、『勝利至上主義を見直してより良い乱捕り修練のあり方を考えろ!』と言う事では無かったのかと自分は解釈している。もし本当に『乱捕りなんぞしなくても良い』と考えている指導者が居たとしたら残念である。少林寺拳法の魅力は確かに演武にも有るが、その大きな目的でもある自己に対する自信をどの様に習得するか?ではないだろうか。

自己確立とは恐れ多いが、少なくとも武道を志す拳士が己の身を守る最低限(最小限)の心構えが無くて本当に胸を張って『自己確立の手段です』と言えるであろうか。もしそんなもの(乱捕り)しなくても『自信は持てる』と言うのであれば、その方法を示すのがリーダーであろう。

口先ばかりの説教では本当に人心はつかめない!と言う事を体験されたからこそ開祖は少林寺拳法を創始されたのではないのか。その中でも重要な修練体系の一つである乱捕り練習を否定する指導者があるとすれば、ではどの様な方法が乱捕りなどしなくても同様な効果が得られるのか、が示されなくては少林寺拳法を学ぶ拳士にとっては切実な課題である。

数年前に日本から来ていた大学の女子留学生拳士がいた。二段で高校生の時には単演で優勝経験もあるらしい。演武を見ると確かに上手い!腰の落とし方、天性の柔軟性のある蹴り等非凡な面も確かに持っていたが、あるとき『君は空手の二段くらいの女子と乱捕りしたら勝つ自信は有るか?』と質問したら、彼女の答えは『怖くて駄目です』と言うものだった。

確かに大人気ない質問かもしれないが、正直に『怖い』と言うことの出来る素直さは見方を変えれば対等に勝負できる可能性を秘めているとも言えるわけだ。もし空手家の実力(と言っても一人ひとり皆違うが)を見切る能力が無ければ別の答えが返ってきた可能性がある。そのとき感じた事は、この女子学生は鍛えればかなり強くなれる!と瞬時に分かった。残念ながら1年余りで帰国してしまったが日本で上手に育て上げられる指導者に出会って欲しいと切に願ったものである。

勿論どの様な練習でも強制してやらせるべきではない。当然それらの練習が苦手な人も居るであろう。又翌日の仕事に差し支えるような練習も一般の社会人には長続きしないであろう。要はバランスの問題ではないか、危険が伴う練習であれば如何にそのリスクを減らすか。又楽しく練習出来る方法を提示してやれるかが指導者としての責任で有るように思う。

本部の苦労も分かるが『運用法』等と名前を変えても乱捕りの方法論に過ぎない。今一つ盛り上がりに欠ける運用法は本当に説得力を持った練習方法なのだろうか?それにしては多くの拳士が共鳴して喜んで練習しているところまでは至って居ないのが現状である。そんな目先の呼び方を変える方法ではなく、本質的な乱捕り修練法に対する熱いディベートが必要な時期に来ていると思う。

2008/02/12

アメリカン ポリテックスが面白い

今年はアメリカの大統領選挙の年であるが、その予備選挙が全米ばかりでなく世界中から注目されている。そのメイン アクター(主役)の一人が間違いなくバラク オバマであることは言うまでもない。知名度においてヒラリー クリントンには当初大きな差が有った事は確かである。しかし多くの予想(自分もその一人だが)を覆して、民主党の大統領候補に一番近いとも言われはじめている。

英国に住んで34年間、日本と英国そしてヨーロッパ諸国やアメリカを同時に見てきたが、正直言ってまさか今年のアメリカ大統領選挙の有力候補にバラク オバマ氏が選ばれるとは想像も出来なかった。いくら国やEU法の中に人種に対する差別には罰則があるものの現実には諸々の人種的差別は実在する。それを渡英以来見てきたのでよけいに信じられない気持ちの方が強かったわけだ。

白人社会に限らず日本社会の中にも差別や偏見は大なり小なり存在する。人間の営む社会であれば異人種や異文化に対する拒絶反応は何割かの割合であるのが普通である。そんな事絶対に無い!などとナイーブな事を言う人は現実の社会を見ていないか、いびつな部分から目を背けているだけに過ぎない。


英国は80年代初頭に女性の宰相を輩出しているので、政治家としての能力さえあれば一国の総理大臣にまでなれる事をすでに証明した事になる。 アメリカにはこれまで女性の大統領は無かったのでヒラリー クリントン氏が選ばれれば初の女性大統領である。これまでのところ黒人初のバラク オバマ氏との非常に接戦が続いているが、ある識者によればすでにバラク オバマ氏に次期大統領は決まっている!と言い切る人も居る。

アメリカ国内の予備選は単にお祭り好きな国民の、大統領選挙を盛り上げる為の茶番であるとまで言い切るのである。もし本当にオバマ氏が大統領になったら面白いなと小生等は思うが、内心無理じゃないかなと今でも怪訝なのだがはたして11月には誰が次期大統領に選ばれて居るであろうか?

バラク オバマがもし本当にアメリカの次期大統領に選ばれるようであれば、アメリカと言う国は少なくとも日本より政治の上では遥かに先進的である。 ヒラリー クリントンにしても日本よりは先進的であろう。日本では未だに女性の宰相候補すら出ていない!ましてや外国人が困難な日本国籍を取得し総理大臣候補になる事など想像も出来ない。戦後の政局もそのほとんどの期間を自民党が独占してきた事を考えると日本での女性総理や外国出身の総理大臣は出る予想すらつかないのが実情ではないか。

アメリカのみならず英国も子供から大人まで政治の話を良くする。自分の記憶では子供の頃その様な、政治の話題に口を挟む事は親や周りの大人も喜ばなかった。そればかりか大学当時の学生運動にさえ随分と社会の風当たりは冷たく、当時の学生達がノンポリ(ノンポリテクス)と称して政治に関わりを持たない事が就職時に大きく影響した事を記憶している世代である。 今日の子供たちはどうか分からないが、日本の小学校や中学校で政治に対するディヴェートが行われる事など想像が付かないが?現実はどうであろう。

子供に政治に関わりを持たせない社会と、子供から政治に関心を持たせる社会?こんな違いからも民主主義の土壌は鍛えられるのかも知れない。人種差別が叫ばれた1960年代までのアメリカ、わずか240年にも満たない歴史しか持たない移民で構成されたアメリカが、その本領を発揮するかのように公民権運動から黒人大統領まで誕生させるとしたら、その国の先進性は未だ女性の宰相すら出した事のない日本とは歴史以上の開きが政治の上で出来てしまった事になるのではないか。

その様な事を考えていると、はたして日本は彼の国と対等に付き合っていけるのだろうか。あまつさえアメリカの属国であるとか、50何番目の州と言われているのに。

先進国のみならずアフリカにも女性大統領は存在している。西アフリカのリベリアで誕生したジョンソンサーリーフ大統領その人である。内戦で疲弊したリベリアを立て直すべく奮闘しているが、ヨーロッパやアメリカ等の経済先進国に媚を売ってきたこれまでの大統領と違って、はっきりものが言える大統領である。すぐに先進国に取り込まれてしまい、賄賂と特権意識ばかりで内戦を収められなかった「男の大統領」より、余程優れた大統領と言わねばならない。

この様に見ると国の政治に対する先進性は、その国民が「如何に柔軟に政治をとらえ、又国を変えていこうとしているのか」が選ばれる人達の多様性と言う形で表れてくるようにも考えられると思うが。とにかく11月が楽しみである。

2008/02/05

ナンバー プレート カバー

最近見た日本からのニュースでナンバー プレート カバーの是非をめぐって国土交通省が色付きのカバーを規制すると言うものを読んだ。 『エ!』というのが最初の印象で、そんな物付けているドライバーが居るのか?と言うのが偽らざる感想だった。考えてみれば以前にも自分の車に彼女を乗せるときにも土足厳禁でスリッパを履かせるドライバーが居ると聞いた時には、『まさか』というのを通り越して一体日本人にとって車とは何だろう?という疑問がわいてきた。

国交省にしたところでナンバー プレートの目的とするところを押さえていれば、カバー等と言う物を初めから許可するほうがおかしいのだが。車文化が今一つおかしな方向に行っているのが日本かもしれない。車に乗るのに泥まみれの靴なら理由も理解できるが普通のきれいな靴でも脱がせる事など日本以外の国では理解できない事であろう。

以前ナンバー プレートでオートバイなどは半分から先をウイングのように上に折り曲げた状態の物や、走行中にプレートその物が動いて見え辛くするものなどナンバー プレートとは一体何の目的で付けているんだろうと思ったりした。

又スピード違反の取締りカメラのフラッシュに連動して逆光を起こし、ナンバー プレートを読めなくする装置などよく考え付いたものだと感心したが、官憲は一体どうして手をこまねいているのだろうと不思議な気もする。


スピード違反の取締りで英国は一番多いのがカメラである。そのカメラも走行中のドライバーの顔を写すことは無い!

日本では正面から撮られると聞いたが、人権問題にうるさいヨーロッパでは後ろからナンバー プレートを撮る。自分は運転していなかったと言っても通用しない。現実に運転していた人が自分であると証言しない限り車の所有者に罰金の請求が来る。ここら辺りが人権問題にうるさいヨーロッパの配慮といえばそうかもしれない。日本のように正面から顔写真を撮られたのでは失業や場合によっては家庭崩壊もあり得るからであろう。罰金さえ払えばそれ以外の個人的事情までは踏み込まないのが彼等流の人権保護かも知れない。

車で走行中の携帯電話は英国でも罰金が科せられるが、走行中の車でテレビを見ていれば事故につながる事は携帯電話以上に危険な事は言うまでもない。自分の車にもTVは付いているが走り出せば自動的に画面は消える。しかしながら日本の車アクセサリー専門店では走行中にもTVも見る事が出来るように、切り替え可能な装置を堂々と宣伝している光景には唖然とした。違法な事を承知で宣伝してもなんとも無いのかね?

GPS(カーナビ)がいち早く普及したのも日本が最初だった。日本の車文化がいびつだなと感じる事は、車そのものの走行性能よりも豪華なカーステレオやエアコン、そしてGPS等の確かに有れば便利な装置ではあるが車本来の目的(速く安全に目的地に着く)という事よりも車が家の延長線のような錯覚をするのは自分だけだろうか。

リバース(車庫入れ)の自動装置や運転中居眠りしても車が知らせたり、走行車線を外れないように前車との車間距離を保ちつつ自動調整するクルーズ コントロール等など数え上げたらきりが無い。そんなにくつろいで移動したいのなら電車やバスに乗ったほうがよほど安全だと思うが。

日本の道路事情を考えればノロノロ運転の道が多く、その移動中を快適に過ごすことも重要かも知れない。その様な観点からステレオ、エアコン、GPS等が他の先進国より早く普及した事は理解できる。家でリラックスした環境に近い状態で車の中での運転をとらえているとすればこれも随分危険な状態ではないか。その様なところが運転中はある程度の緊張(集中)を要求される欧州車と違うのかもしれない。

しかしながら日本車の成功体験が及ぼした影響は大きく、遅ればせながらヨーロッパの自動車メーカーもエアコンを装備したりカーステレオのアップグレードやGPSの導入(未だ少ないが)等日本の自動車文化の影響がじわりじわりと迫ってきている。

運転中のある程度の緊張と書いたがヨーロッパを走る車の80%以上はマニュアル車であることは、車自体の持つ楽しみと目的を最小限維持しようとしているのではないか?と最近は考えるようになった。

2008/01/31

これまでに会ったグレイト ミュージシャン(その2)

本当に数多くのミュージシャンのautographを貰ったが印象に一番強く残っているのがアート ペッパーとビル エヴァンスの二人である。ビルは長年の自分にとってはアイドルだったが、日本で73年に始めて名古屋のコンサートホールで聞いて以来何度もチャンスはあったがほんの少しの事で聞き逃していた。

1980年8月にロンドンのロニースコット クラブにおいてビル エヴァンス トリオのギグがあった。満員のクラブにこれまでのLPを持って出かけた自分は初めのステージが終わり、控えのミュージシャン(なんとイギリス クラッシック ギター界の第一人者ジョン ウイリアムス!!くどいけど控えの奏者が)が弾き始めた時に楽屋を訪ねた。例によりクラブの席係りが声を掛けてくれたが中々顔を出さない。

しばらく楽屋裏からジョン ウイリアムスの演奏を聞いていたがそれでも何の変化も無かったので、ベースのマーク ジョンソンと話をしていた。『いつからビルとやってるの?』などと聞いていたが、そのうちにマークが楽屋の中に向って何か言っていると中からビル エヴァンスが顔を見せた。楽屋内に招かれたので持参した10枚以上もある重たいLPレコードを見せ、そしてポップスターに群がる少女ではないが(まあ同じようなものであろうけど)『あなたのautographが欲しい』と言うとOKと答え一枚一枚のレコードに(録音したとき)の思い出を語りながらサインしてくれた。

お礼を言って握手をすると『来月日本のコンサートで会いましょう』と言うので、必ず行くと約束して楽屋を後にした。その後の顛末は以前にも書いたとおりである。ニューヨークへ戻ったビルはファット チュズデーで演奏中に倒れ帰らぬ人となった。

これ以外にもロニースコット クラブの会員だった事もあり70年代80年代当時は頻繁に出かけた。そんな中にはオスカー ピーターソンのようにビルとは異なったピアノの巨匠もいる。そしてハービー ハンコックやキース ジャレットの様にマイルス スクールのピアニストやローランド ハナ、マッコイ タイナーと言ったピアニストも良かった。 タイナーはその後もジャズカフェ等でも3度程聞いた事がある。

他にも自分が好きなミュージシャンを中心にフレディ ハバード、同じくトランペット奏者のウィントン マルサーリス、アート ファーマー、毛色が異なったアルトロ サンドヴォールとロンドンに来る名だたるトランペット奏者は他にも色々聞きまくった。残念ながら長年最も好きだったマイルス デイヴィスはロニースコット クラブでのギグの期間中連日超満員で聞く事も無かった、1970年代に入ってからどんどん変ってしまったマイルスというミュージシャンに自分の中でそれ程強烈な聞きたいと言う願望が薄れた事も原因かもしれない。

ドラマーもジョン コルトレーン時代から好きなエルビン ジョーンズ、マイルス門下のトニー ウイリアムス、バディ リッチのビッグバンド、ジャック デジョネットなどなど。テナー サックスではデックスター ゴードン、バド シャンク、ソニー ロリンズは日本で1度とロンドンで2度聞いた。スタン ゲッツは良い時とそうでない時の両方、その差が大きかった事もゲッツと言うミュージシャンの繊細さが現れた事が要因なのかもしれない。

その他にも数えきれないくらいの数のミュージシャンに会った。彼らもまた人間である、調子の良いときや悪いときもある。そんな悪い時にたまたま当ってしまうとがっかりするが、それでも生のミュージシャンが発する魂のこもった音は時としてハッとするほど新鮮な驚きがある。こんな音が自分のスピーカーから出せないものかとケーブルを変えたりスピーカーの位置を動かしたりとまたまた悩みは尽きない。

2008/01/28

これまでに会ったグレイト ミュージシャン(その1)

これまでに何人もの偉大なミュージシャンに会った。自分の場合は主にジャズのミュージシャンが多いが、あえてここではミュージシャンと呼ぶ。人によってはアーティストと言う人も居るが確かに音楽を生業とする人達は芸術家かもしれないが、小生はミュージシャンの方がより親しみを持てるように感じる。

「アーティスト」 今一つピンと来ない呼び方だと思いませんか?

もし自分がミュージシャンだったらおこがましくて芸術家などととてもそんな風に呼んでもらいたくはない。時々これがアーティストか?と思うようなチャンチャラおかしいのをそう呼んでいるのを聞くと天の邪鬼の自分は余計にそんな輩と自分が愛するミュージシャンを同一的には呼びたくは無い。

かなり古い話だがまだ日本に住んでいた頃、フランク ロッソリーノと言うトロンボーン奏者に演奏会の直後、名古屋市内のジャズ喫茶で会った事がある。たしかカウント ベイシー楽団の一員として来日し名古屋でも演奏したのだが、彼が公会堂の舞台のあと自分が行き付けのジャズ喫茶に後援者と共に現れたのだ。

残念ながら当時は英語が全く喋れない時だった。隣の椅子に腰掛けているフランクに『演奏会は素晴らしかったねェ』と話し掛けたいが言葉が出ない。そのうちに何人か地元のミュージシャン達が店に集まって来た。小さな店だったがフランク ロッソリーノと言うトロンボーンの大御所と、名古屋在住のジャズ ミュージシャン達がお酒を酌み交わしながら始めたジャム セッションは非常に盛り上がった。

往々にしてジャズ ミュージシャンの場合、大きなコンサートホールよりもそのメイン イベントがはねた後のこの様な小さな酒場の方が盛り上がりやすい事を何度か見ている。当時の有名なジャズクラブはその多くがそれ程大きなステージやホールは無い。自分が見た80年代当初のヴィレッジ ヴァンガードは連日ジャズ ジャイアンツがプレーしていたがそれでも観客が100名も入れば一杯と言う感じだった。当時開店したばかりのおしゃれなジャズスポット ファット チュズデーにも行ってみたが店は大きくきれいだったがステージは結構狭かった。ある意味ジャズのミュージシャンは観客との距離感を大切にするのかも知れない。

マイクを通した音を大きなコンサートホールで聞かせるより自分の得意とするmusical instrument(楽器)の生の音を観客にぶつけているのだと思う。それによる観客とのコミュニケーションがジャズの持つ醍醐味だと言う事を一番良く知っているからこそ、ミュージシャンもジャズ好きなファンもコンサート会場での演奏会が終わるやいなや近くの小さくても名の知れた店に移動すると言う訳だ。そこでは好き者同士の第二幕(これが彼らにとっては本番かもしれないが)が始まり飛び入りがあったり、喝采や手拍子など大いに盛り上がる事を双方(ミュージシャンとファン)が知っている。お金を貰って演奏しているコンサート ホールよりも遥かに楽しそうな光景には、これが本心から音楽を楽しんでいるplayer演奏者とaudience観客が一体となった最高の環境なのであろう。

そんな中の一人がアート ペッパーと言うアルトの名手だ、彼にはロンドンのロニースコットクラブでの演奏会で会った。日本から持ってきた物を含め7枚くらいの彼のLPを持参した。最初のステージが終わり控えのバンド演奏が始った時に楽屋を訪ねた。この場合クラブの席係りにティプを渡しておいたので気軽に案内して紹介してくれた。まだロンドンに住み始めてそんなに長くない当時で英語も片言だったが『素晴らしい演奏だったヨ』と言うと彼の方から嬉しそうに握手してくれた。持参したLPにAutograph(サイン)を依頼すると一枚一枚に小生の名前とペッパーのサインをしてくれた。(その2に続く

2008/01/22

経済支援より教育支援

よく言われる世界情勢の一つに南北問題(経済格差)がある。この問題は何も昨日今日始った事ではない。

日本も政府や民間のNGOなどが色々と取り組んでいて成果も上がっている部分もあるが、色々と難問も抱えている事も事実であろう。

先日家内の親友から電話があり丁度、中米のグアテマラから帰国したばかりとの事であった。以前コーヒーの折に触れたがジャマイカにも2年JICA(国際協力機構)から派遣されヴォランテイアで活躍していた女性である。

今回はその実績が認められ短期間ではあるが専門家としての派遣だったようだ。ご本人は元々服飾デザイナーだが、ジャマイカやグアテマラでは生地の生産からデザインそして販売に至るまでの、仕事の仕方を指導する目的で派遣されたようである。

小生は1980年代中ごろからこれまでにアフリカを何度も訪れているが、これらの国々では先進国が如何に地元の人達に仕事を作り出してやれるかが大きな課題としてあった。ヨーロッパの植民地として長年その支配下にあったアフリカの国々では、自分達で仕事を作り出す必要は無かった。又宗主国側である先進国ヨーロッパも自分達の生産に必要なもの(資源)を労働力も含めて安価に調達し、本国で生産したものを一方的に売るだけでよかったために、これらの国では生産から販売までの工程がほとんど失われているのが現状である。

さらに悪い事にはその様な国のメンタリティー(思考)だ。先進国(経済大国)からの援助慣れが一般化しており、政府のみならず一般国民も豊かな国からお金や物資をもらうことが当然のようになっている国も見られた。

日本政府も過去においてアフリカのみならずアジアや世界中の途上国に経済援助やJICAを通じて人材を派遣しているが、なかなか成果を上げられていない。国を変えるというのは多くの時間と労力が掛かる。又円借款などの資金協力もヨーロッパの国々よりもより多額の拠出しているのだが、アフリカ諸国に点数を稼ぎたい(良い顔をしたい)G7の国々から、返済免除などと難題を吹っかけられるなど煮え湯を飲まされてきた事も事実である。

クリスチャン文化を背景に持つ欧米の国々よりこれらの経済援助や技術供与のプレゼンテイション(提示方法)が上手ではない事も確かにあるが、日本の貢献は他の先進国に比べて決して低いわけではないにも関わらず今一つ評価が芳しくない。

小生が過去に見た日本の援助の実態を紹介してみたい。
1986年に初めてアフリカの地を踏んだが前年にエチオピアやソマリアでは食料危機が起きて数多くの難民がでた。世界中のマスコミがこぞってニュースでそれらの映像を流した事がきっかけとなりエイド物資が国連を通して送られた。そのくだりは『人、人、人 すべては人の質にある』の項で触れたが、そのとき初めて知ったのが援助の難しさであった。

アメリカや英国からは民間NGOのリリーフワーカー(ボランティアで働く人達)が結構な規模で現地で活躍していたが、日本はといえば確かにアフリカという存在がヨーロッパの宗主国だった国に比べれば関係が薄い分だけ現状に対する掌握も低かった事は確かである。

そのときヨーロッパのNGOが推進した援助は飲み水の確保である。何千個もの手押しポンプを現地に送り、リリーフワーカーが先導してそれらの設置に当っていた。日本政府は確かにより高価な電動ポンプを設置し、単体の手押しポンプとは比べ物にならない程の飲み水は供給できたが、電気の通っていない(インフラ整備の行き届いていない)村には無用の長物でしかなかった。

又故障になった場合手押しポンプ程度なら現地の人達にも簡単に直せるが、より高度な部品や修理の為の工具が必要な電動ポンプは故障すれば現地人の手に負えないものであった。

日本政府が送ったトラクターや輸送用のトラックも同じで、新しいこれらの機材が使われずに野ざらし状態で放置されているのを見た時には、現地の実情を無視した(知らない)お役人(と無駄に高価な機材を売ろうとした商社)の決断がどれほど無駄になっているのか残念な気持ちになった事を記憶している。

そのとき感じた援助事業の難しさとは国としてやるべき仕事と、民間のNGOなどに任せた方が結果として良い(現地の人にもそして日本の貢献に対するイメージにも)という事を知った事である。

確かに道路や通信などのインフラ整備等大きな事業は国が援助しなければ出来ない事もある。しかし現地の人達のニーズにあった援助には民間のNGOに任せたほうがより効率的で低コストな事も事実であろう。

又長期的な観点から家内の友人がJICAから派遣されたような、現地の人々の暮らしに直接役に立つ教育や技術支援などはアフリカ、中東や中南米に過去のしがらみの無い(植民地政策をしてこなかった)日本にこそ、国際的評価を得る上でも重要な国としての支援のあり方が問われているように感じている。