2020/11/22

日本社会のガラパゴス化とは

ずいぶん前から『日本の常識は世界の非常識だ!』と言われることを聞いた事が有る人は結構居ると思う。それはある意味 日本では特に問題なく行なわれている習慣や思考方法(常識)が世界の基準とは異なる事を意味した言葉なのだと理解している。

ガラパゴスと言えば世界中の中でそこでしか生息しない生命体や、島の中で独特の進化を遂げた動植物が多い事で有名である。他の国や環境から隔離された場所で独特の進化を遂げた動植物であるがそれにも諸説ある事は承知している。

日本社会の中で今一般的に使われているガラパゴス諸島を起源とした呼び方に『ガラケー』(スマホが一般的に普及する前の携帯電話機などを指す)がある。しかし振り返ってみるとガラケーばかりではなく、かなり多くの分野で日本独特の進化や変化をしてきた工業生産物はいくつも見られる。

70年代後期にファクシミリが世に出た時の事は現在でも鮮明に記憶している。それまでの伝達方法は当然の事ながらEメールやSNS等は無く、オフィスにおける緊急時の伝達手段は電話かテレックスが主流であった。英語圏のみならずアルファベットが主流の国では、それもある意味それ程の不都合も無かったことが主な理由であろう。

しかしながら漢字文化の日本では容易にテレックスを漢字化する事は出来なかったし、和文のタイプライターも確かに存在したがその後のワードプロセッサーの出現によりそれも意味を持たなくなってしまった。当然の事ながらファクシミリの便利さはテレックスの比ではなく、漢字の文章のみならず写真まで送信可能となればテレックスに置き換えられる事は時間の問題で有った。

3.5型フロッピーディスクと言うのも日本で発明されたと聞いた。残念ながらより便利な記憶媒体が主流となりいつの間にか消えてしまった。そのような中にあって現在も尚日本のオフィスではFaxが厳然と生きのこっている様だ。多くの欧米のオフィスから消えてしまったFaxが変わらず日本の社会の中で生き残っているとすればこれもガラパゴス現象かも知れない。

その他にも最近の日本政府が言い出した『脱ハンコ』文化、これも日本社会でしか見られない独特の習慣文化であろう。良くも悪くもこれらの習慣を変えようとすると大きな抵抗勢力が有る事は知られている。ハンコ文化を守りたい勢力にはハンコ業界と深い繋がりのある政治家や、Fax同様にパソコンやスマホの苦手世代(我々世代)が上司で居る会社等が影響していることは容易に想像が付く。

今年の大きな特徴は中国から始まった武漢ウイルスであることは言うまでもない。一年中このコロナで世界中が振り回される事になってしまった。その様な環境下でイギリスやヨーロッパではロックダウン(都市封鎖)が始まり、オフィスでの仕事をオンラインで自宅からにする会社が増えてきた。

我々の拳法活動も例外ではなく支部長達は知恵を絞りZoomなどの会議ソフトを使いオンラインでの道場を運営している。哲学のみの時間や鎮魂行の座禅だけををするクラスもあるし、普段の道場での練習に近いストレッチングや基本の技をやっているグループもある。

いまはこの様に我々指導者の思考方法の柔軟性が試されているのかも知れない。『少林寺拳法の練習がオンラインなどで出来るはずが無い!』と言う事は簡単である。ではどの様な知恵(方法)なら それを必要としている人達に届けることができるだろうか? 我々指導者が『ガラパゴス先生』化しない為に!

2020/07/02

少林寺拳法とBlack Lives Matterについて

5月25日 アメリカはミネアポリスにおいて黒人のジョージ・フロイド氏への白人の警察官による過剰な逮捕映像が世界中に拡散されることになり、その事が人種差別によって引き起こされた事件との非難の声が上がる事となった。

その後 該当の警察官は殺人罪で逮捕され起訴されることになったが、同時にその場にいた3名の警察官も解雇され訴訟が起こされているようである。この事件はその後アメリカ大統領のSNS等の投稿が切り取られて表沙汰になることで、益々その問題の根深さが改めて市民の間で話題になっていることは多くを語るまでもない。これはアメリカ社会のみならず世界中の至るところで人種差別に反対するデモが Black Lives Matterとして取り上げられている事をテレビニュースからもうかがうことができる。

アメリカの都市のみならず、イギリスは元よりヨーロッパの多くの街や日本においてもBlack Lives Matterのデモは起きている。私が住んでいるイギリスでも奴隷貿易に関わった当時の貴族や貿易商人の銅像がデモの群衆により倒されたりするニュースが登場している。

日本ではこれまで比較的 人種差別による社会問題は起きた事は記憶に無いが、欧米には一時期において植民地政策がとられ、その事により奴隷貿易や砂糖、紅茶等の取引で巨万の富を築いた人達がいることは歴史上の事実である。

その様な中でBSKF(英国少林寺拳法連盟)は連盟としてBlack Lives Matterを支持する事を表明した。もちろん私にも連盟理事からそれらの決定に至る経緯の説明があったことは言うまでもない。その時 私が彼らに伝えたことは『私も個人的に理念には賛同する』だが同時に『偏ったプロパガンダや過激な組織に乗せられたりしないように』という二つの事である。

自分の人生でも経験した1960年の日米安保条約反対と、学生だった70年の大きな出来事を今でも記憶している。当時の私はそれらのデモに参加した事はなかったが、殆どのキャンパスには立て看板が立ち並び、連日のように学生達によるデモやアジテーションが繰り返されていた。現在ではその様な過激なデモは想像もできないであろうが、当時の日本で現実に起きていた事は紛れもない事実である。

開祖は『若者は純粋でエネルギーは有るが、時に物事の本質を見失う』と言う事を指摘されていた。 当時の自分は毎日が少林寺拳法で明け暮れていたノンポリ(Non Politicsの略、死語だね)の代表格で政治には全く興味がない(知識不足の)学生であった為、その様なデモ行進に参加することも無かった。

ある時 本部での指導者講習会で開祖の法話にそれが話題に上がった。全学連と呼ばれていた当時の安保条約反対のデモを組織していた学生団体について、『誰によって資金が提供されていたか』と言う裏話を披露された事がある。開祖の話では共産党の思想を理想として掲げる全学連に裏で資金を提供していたのは『アメリカのCIAである』と言うショッキングな内容であった。誰もが最初は『まさかその様なバカな事が』という反応だった。どこで仕入れた情報かは言われなかったが、その時の記憶では『安易に信念もなくその様なデモに加わってはいけない』と言う内容であった様に記憶している。しばらくして諸々の情報が明らかにされる時代になり、開祖の話が根拠のない作り話では無かったと言うことが理解できた。

翻って今回のBlack Lives Matter問題は日本国内で生活する人達や拳士には中々理解できない事なのかも知れない。少林寺拳法が掲げる『理想境建設』や『半ばは自己の幸せを 半ばは他人の幸せを』を挙げるまでもなく、社会正義に反する犯罪や差別には声を上げる事は大切な時ではないかと思う。日本の協調社会は世界でも例を見ない程に羨ましい国であることは多くの例が示している。ただ同時に行き過ぎた協調(同調)で他人の評価や眼差しを意識しすぎて行動に移せない人が多い事もまたその特徴かも知れない。

開祖が我々に伝えたかったのは『自己確立』、『良いと思ったら先ず行動せよ』と言う事ではなかったのか? 欧米社会には確かに日本より大きな人種に対する偏見や差別は存在する。私自身も英国における生活の中で経験もしたし目撃もした。故にBlack Lives Matterは黒人社会のみならずあらゆる人種に対する差別と社会正義の必要なことを我々に突き付けているのではなかろうか。であるならば私は今回のBSKF理事会には賛成である。人種差別に乗じた破壊活動や略奪などは全くの論外であることは言うまでもない。

支部長がんばれ!拳士がんばれ!『良い社会は君達の双肩にかかっている!』



以下にBSKF理事会が出したコメントを掲載しておきます。

Gassho We hope you are all staying safe and well.

The BSKF has rarely spoken out publicly on political matters. However we feel it is important to directly address recent events, as they have no doubt had an impact on all of us.

"I can't breathe"

On 25th May, George Floyd, an unarmed black man, was killed by a former Minneapolis police officer during arrest. The officer has since been charged with murder. His death and last words have become a catalyst for renewed momentum behind the Black Lives Matter movement around the world, and led to much needed dialogue and introspection on the subjects of race, discrimination and privilege.

The BSKF supports Black Lives Matter. We aim to be an inclusive organisation that welcomes everyone regardless of gender identity, race, background, ability or sexual orientation. We have always and will continue to stand against discrimination in all its forms. However if current events have taught us anything, its that it's not enough to simply take an inclusive standpoint. We all need to actively seek to understand, challenge and change bias, privilege and prejudices at personal and institutional levels. Shorinji Kempo's philosophy is one of personal responsibility and positive action, of self-awareness and respect for others. Equally the BSKF's leaders and branch masters are constitutionally bound to challenge discrimination or discriminatory behaviour within our organisation, wherever it may exist. As an organisation and as leaders we can always do better. We would also encourage all of our members to reflect on these events, and reflect on our philosophy, and ask yourselves what you can do differently too.

If any of our members have been affected by recent events and would like to talk, have feedback for us on what we can do to better address diversity and inclusion within our organisation, or have experienced discrimination within your own dojo, we encourage you to get in touch. You can talk confidentially to the directors (Kat, Ben and Michal), speak to your branch master, or message us via the BSKF website.


以下 Google翻訳

BSKFが政治問題について公に発表することはほとんどありません。しかし、最近の出来事は私たち全員に影響を与えたことは間違いないため、直接対処することが重要だと感じています。

「息ができない」

5月25日、武装していない黒人のGeorge Floydがミネアポリスの元警察官によって逮捕されました。その警官はその後殺人罪で起訴された。彼の死と最後の言葉は、世界中のBlack Lives Matter運動の背後にある新たな勢いのきっかけとなり、人種、差別、特権についての必要な対話と内省につながっています。

BSKFはBlack Lives Matterをサポートしています。私たちは、性同一性、人種、経歴、能力、性的指向に関係なく、すべての人を歓迎する包括的な組織を目指しています。私たちは常に、そしてあらゆる形態の差別に立ち向かい続けます。しかし、現在の出来事が私たちに何かを教えてくれたなら、それは単に包括的な立場を取るだけでは不十分です。私たちは皆、個人的および組織的なレベルでバイアス、特権、および偏見を積極的に理解し、挑戦し、変更することを求める必要があります。少林寺拳法の哲学は、個人の責任と前向きな行動、自己認識と他者への尊重の一つです。同様に、BSKFのリーダーと支部長は、存在する場所にかかわらず、組織内で差別または差別的行動に異議を唱えることが連盟規約上 義務付けられています。組織として、またリーダーとして、私たちは常により良いことをすることができます。また、すべてのメンバーにこれらの出来事を振り返り、私たちの哲学を振り返り、自分に何が違うのかを自問することをお勧めします。

2020/04/09

中国武漢ウイルスについて(おまけ)

昨日TVニュースで映し出された中国武漢からのニュースには驚かされた。

それは明らかに何らかの意図を感じずにはいられない異様な光景であった。

単純に見れば今度の新型コロナウイルスに打ち勝った!と言う喜びを世界に向けて発信したかっただけなのかも知れない。

一方で現在もなお、多くの国々で悲惨なウイルスとの戦いが続いて居る事は、中国政府も分かって居ると想像していた。いま各国で続けられるニュースの8割近くはこの武漢発祥のコロナウイルスである。

ヨーロッパ各国やアメリカでも、危機的な映像と共に紹介される現実を鑑みれば、いくら武漢での感染が終息したとは言え、あらゆるビルにネオンサインを輝かせて、花火まで打ち上げ祝福する映像に、素直に納得の出来ない感情が芽生えた事も正直な感想である。

長い時間ロックダウンで都市封鎖が続き、沢山の人が亡くなった事から感情として終息した事を喜びたい気持ちは、分からない事も無い。しかし元を正せば今回の新型コロナウイルスは当の武漢から発症したものである事も事実ではないか。そしていくら自分達の都市で、その問題が終息したとは言っても、現時点でも同じ問題で多くの感染者や死者が増え続けて居るニュースを、毎日目の当たりにしている人々にとって、あのようなお祭り騒ぎは中々単純には受け入れられない気分だった。

勿論これらの行事も『中国政府がウイルスに打ち勝った!』と言うプロパガンダである事は容易に想像が付くが、あまりにもド派手な演出で中国共産党が目的とするプロパガンダの効果が有ったとは思えない。この様なお祭り騒ぎの様な映像がもたらす結果が、今回のコロナウイルスでいま現在も戦っている多くの国の医療従事者や国民から、逆に反発が出る事は考えなかったのであろうか? 適切なアドバイスができる軍師(宰相)が、かの国のリーダーには居ない事が良く理解できた一幕だったのではないか。

そう言えば近隣のどこかの国でも、お友達で周りを固め、忖度政治で良識ある声が届かない環境をエンジョイしているリーダーにも同じ事が言えるのかもしれない。

2020/04/07

新型コロナウイルスがもたらしたロックダウンとは

先のブログに引き続き新型コロナウイルスについてである。

閑散な道路
現在私の住むロンドンは武漢から発した新型ウイルス感染者の激増により、ロックダウン(監禁状態)が数週間に及び続いている。この様な事はこれまで誰も経験した事の無い厳しさである事は言うまでもない。

大英帝国のモナーキー(王族)のチャールズ皇太子や、時の宰相ボリス・ジョンソン氏までもが感染して隔離される事態となった事で、ロックダウンは必然だったと理解される様になった。

先にヨーロッパで感染爆発を引き起こしたイタリアやスペインでは、さらに悲惨な状況となって居る事を考えれば、これらの決定は仕方がない選択肢なのかもしれない。その後事態はより深刻な状況となり、大西洋を挟んだアメリカ大陸でも同様な感染爆発が起きてしまい、ニューヨークでもロックダウンと言う措置が採られている。

ロックダウンと聞かされても実際にはどの様な状態かは中々イメージする事が難しいかも知れない。より一般的に言えば都市全体を封鎖すると言う状態である。多くの人達が自宅勤務となり、個人事業者等もスーパーマーケットやコンビニ、薬局を除いて全て閉まっている。

政府が出した命令である為、勝手に外出も出来ない。散歩やジョッギッング等は可能ではあるが、日に1回30分程で家の近所に限る。複数の人間が集まる事は家族であっても普段別の場所に住んで居れば許されない。等々非常に厳しいものである。勿論これらの事に違反すれば罰金や場合によっては逮捕される事もある。

この様な状況は自分の過去を振り返っても、日本、英国ともに経験がない。勿論私ばかりでなく殆どの人達には初めての経験であろうと想像する。

こんな状況になると一番心配になる事と言えば、生活する上での必需品の確保であろう。食料品は言うに及ばず薬やマスク、トイレットペーパーが買い占められると言う状況も見られた。

当然の事ではあるが、それらの必需品を手に入れる為にもお金は必要になる。英国政府はロックダウンを宣言した時に中小の事業者に対して、従業員を解雇させない為に休業手当分(給与の80%)を負担することを約束した。今回の新型コロナウイルス問題では世界中の経済が落ち込むことを想定して過去に例を見ない大規模な財政出動も明記されている。

今のロンドン市内は閑散とした状況下にある。街の通りには車の数も少なく、人通りもまばらである。息抜きのためにレストランやパブに行く事も出来ない(全て閉店)。この武漢ウイルスが何時収束するのか先は見えないが、今回の感染がもたらした変化と言えば、街中でマスクをする人が増えたと思う。『マスクは銀行強盗や手術医だけが付けるものでは無い!』と言う新しい文化が生まれたと言えるのかもしれない。早く終息宣言が出されることを期待したい。

近くのPub

2020/03/28

新型コロナウイルスがもたらした世界の異変

現在世界中の話題を独占している大問題がCovid-19(新型コロナウイルス)である。中国 武漢から発症したウイルスは今や世界中に感染が広がり世界中のニュースは連日この話題に翻弄されている。

当初は中国から1月中頃にこの様なウイルスが武漢の市場で食用として取引される野生動物が原因で広まっていると紹介された。その時点ではその後これ程までに大きな問題になる事を指摘した論調は見られなかった。

しかるに中国の正月である春節辺りから東アジアでも話題になり始めた。後で分かった事は武漢の医師からこのウイルスの感染が昨年末には中国政府に報告されており、その後その医師は拘束され逮捕された事もニュースで知る事となった。2月にその医師が亡くなった事が知れ渡ると、今度はそれらの事実を隠ぺいした中国政府や共産党幹部に対する批判がSNS等で大きくなっていった。

2月に入り日本でも新型コロナウイルスの問題が取り上げられ始めた。中国はこれに先立ち武漢からの団体旅行を禁じる措置にでた、航空機や船舶でも中国からの団体旅行はそれを境にピッタリと止まってしまい、春節のインバウンドを期待していた日本の旅行業界からの悲鳴ともいえるニュースが伝えられ始めた。

イギリスに限って言えばそれまでの数か月はブレグジットが一番の話題であり、『今年の末までにEUとの交渉をまとめる事が出来るのか?』と言う様な論調が主なニュースであった。ところが武漢のウイルス問題が騒がれ始めると、この問題(ブレグジット関連)のニュースは消えてしまった。

イタリアの北部(ベニス、ミラノ等)で最初のアウトブレイク(集団感染)が伝えられると、瞬く間に患者がイタリア全土に広がってしまう事になり、その勢いはフランスやドイツそしてイタリアに次ぐ感染者を出すことになるスペインにも強烈なスピードで蔓延してしまった。当然の事ながら英国でもBBCのみならず全てのニュースメディアのトップは新型コロナウイルスで占められることが連日繰り返されるという前代未聞の状態となってしまった。その大きな原因の一つが、ヨーロッパの首脳達のみならずアメリカの大統領にまで『ウイルスとの戦争状態に入った』というフレーズが何度も聞かれた事である。

この様な状況は今年の初めには誰も想像すらつかなかったと考えられる。先程も少し触れたがこの武漢からのウイルスによりブレグジット問題は何処かへ吹っ飛んでしまった。 加盟国間の人、物、サービス、資本の自由な移動はEUの大きな理念(理想)であったはずだが、今回の新型コロナウイルスの拡散でいち早く各国が国境封鎖を始める事となり、自国民を除く人達は入国すら認められない!と言う国が殆どと言う状態になってきた。

只一つ今回のウイルス問題で救われたと解釈できることが有るとすれば、1月末にEUから離脱した英国には国内政策がいち早く実行できるようになったことが挙げられるのかもしれない。 首相のボリス・ジョンソンが表明した政府の方針『外出自粛・営業自粛を要請という「責任の曖昧なお願い」ではなく,営業禁止という政治的判断』をし,その責任として80%の給与保証をするという決断をしたことはのちには評価される事になるのかもしれない。

武漢発祥の新型コロナウイルスにより各国が抱える問題はこれからもしばらく続くことが予想される。くしくも先日『東京オリンピック2020』が延期される事が発表された。アメリカでも過去に例を見ない景気対策費として2兆ドル(220兆円)もの予算が民主、共和の党派を超えて採択される等と言う非常事態は、年初めには誰が予測できたのであろうか。

前代未聞の決断が要求される新型コロナウイルスが生んだ状況に日本のリーダーはどの様な決断を下すのであろうか?真価が問われている。

2020/02/29

課題を決めて練習するNo.3

今回は突技に対する練習方法である。

これまで蹴技に対しての方法を紹介してきたが、今回は相手の攻撃が少し近間で突技が出された時に対しての課題克服の為の方法を試してみたい。

この方法は以前の蹴技と同様に自身のカウンター攻撃と受技をある程度決めておく事により迷いなく技が出せると言う事になる。今回の受は外受だけを考えてみる事にした。受け側は順手、逆手どちらの手で外受をしても良い!それにより繰り出すカウンター技は蹴に限定してやってみる。蹴返しの技は順蹴でも逆蹴でも可とする。

布陣が対構でも開構でも両方対処は可能である。外受に限定されているので守者側は上受や内受等と迷う必要は無くなる。それが結果的によりスムーズにカウンターを繰り出すことが可能となり、相手の連攻撃を防ぐこともより簡単に出来る様になる。

一番難しい状況(攻防)とは、相手の連攻撃が始まった後でそれらの状況に対処(対応)する事を想像してみれば理解できると思う。


2020/02/24

文化の違い、護身の解釈

殆どの日本人は法を良く守る、これは多くの場合 美徳と言っても良いはずである。しかしながら護身(自分の身の安全を自分で守る)と言う場合を考えてみると海外とは少々異なった実態が見えてくる。

法律を守る事で身の安全が守れるか?と言う事を考えるとどうであろうか。確かに法を犯してまで他人に危害を加える事は一般的な人々はしないはずである。しかしながら犯罪者がそのカテゴリーに含まれない事は結果を見れば明白である。

自身の身を守ると言う事は、法律を守って居れば他者からは危害を加えられる事は無い、と言う事とは全く違うと言う事を認識しなければならない。『法律を守ってさえ居れば暴力を振るわれたりする事が無い!』と完全に保証されると言う事であればこの世の中で問題は起きない事になる。犯罪者は法に従わない、あるいはその様な事を無視する事が出来る者が犯罪者なのである。

よく日本の路上で見られる光景の一つに、歩行者が赤信号が緑に変わるまで忍耐強く待っている事を知って居る。これらは日本人社会の良い習慣である事には違いないが、ともするとこの様な認識は性善説が深く根付いている事がその一因の様な気がしてならない。この場合の信号機は法であり、『それを守る事により自身の身の安全を守る事が出来る』という考えは確かに一面においては真実である。しかしながらそこには自分で身を守る為の意識が箕臼と思えるような印象も感じてしまう。

ロンドンやパリではこの様な状況をあまり見かける事はない。警察官が居る前でも全く変わる事はない!東京や大阪で同じ事をしたら即座に警察官から注意をされるか、逮捕されるかも知れない。基本的な事実として『自分の身は自分で守る』あるいは『他者を信用しない』と言う事が根底にあるのかも知れない。法の解釈でも雲泥のさがあるのでは無いだろうか。即座に注意をする日本の警察官においても、目の前で歩行者が法(赤信号)を無視する事に対して注意する事は理解できるが、それにより歩行者が確実に守られると言う保証ではない。

決してロンドンやパリの歩行者を肯定している訳では無く、日本の信号に従う歩行者を揶揄している訳でもない。根底に流れる『自身の身は自分で守る』と言う意識が根底にあるか?無いか?と言う事を考える上で、一つの現象を指摘してみた訳である。

昨年の春ごろと記憶しているが、幼稚園児が道路わきで交通事故に巻き込まれ多数の子供が被害者となる痛ましい事故が有った。この様な状況では子供たちや保育士達に責任が有るとは思えない。しかし若し保育士達の中に、『万が一車が突然に突っ込んできたら』と考える人が居たら子供達を信号で待たせる時の場所(位置)も変わっていたのかも知れない。

基本的な意識の中に法が守ってくれる、と言う気持ちが無意識のうちに働いてはいないか。路上における自身の身(意識)の置き方のみならず、法が自分達を守ってくれる、と考えて居る人が多いのであればこの様な事故は今後も起きるかもしれない。逆に赤信号で渡っている人達の場合には警察官ではなく車を見てから道路を渡る習慣が付いて居ると言えなくもない。

国の安全もしかり、国際法を守らない国が攻め入ってきた時に、同盟国(警察官)や国際法が確実に守ってくれると信じている人達が大半であるとすれば、残念ながらノー天気国家と言われるかも知れない。この様な国の情勢(紛争や戦争)が世界の至る所で現実に起きている事を考えれば『法は必ずしも個人や国の安全を保障してくれるものでは無い』と言う事が理解できるのではないか。