2024/01/07

BSKF並びにIKA設立の目的

合掌
 
2024年と言う新しい年を迎え新年のご挨拶と同時にこれまで自身のブログを中断していた事へのお詫びを申し上げたいと思いここに改めて記すことにしました。

先ず新年早々世界中を驚かせた能登半島での大地震で被災された多くの方々には心よりお見舞いを申し上げます。続いて2日には新たな悲劇が起きてしまいました。

被災地に救援に向かうはずだった海上保安庁の小型機と日本航空の旅客機による大変悲惨な事故を目の当たりにし、いったい今年はどんな一年になるのだろうと多くの人々は不安な気持ちになったのではと想像しています。

現在も続くウクライナとロシアによる戦火、そしてイスラエル国内のガザ地区の戦火。共に人の判断によって引き起こされたものであることは言うまでも有りません。

この様な時こそ少林寺拳法をこの世に創始した宗道臣の言葉『人人人すべては人の質にある』を思い起こすのは自分一人なのか?今一度検証してみるのも意味があるのではないかとの思いです。

British Shorinji Kempo Federation(英国少林寺拳法連盟)設立の目的はどの様な経緯と意味を持ち設立されたのか、これまでの歴史を振り返って整理してみました。

思えば小生が50年前に英国の地を踏んだのは、戦後に想起され最後発だった少林寺拳法と言う武道が破竹の勢いで組織を拡大していた時代です。その一員である誇りと同時に一助に成りたいとの願いから渡英するに至った経緯は偽りのない事実です。1974年当時にはまだ現在WSKOと呼ばれることになる組織は無く、世界に展開する少林寺拳法は数カ国だけの時代でした。

古くは柔術、そしてオリンピック種目にまで発展した柔道は言うに及ばず、空手や合気道そして剣道と言った日本古来の武道はすでに世界で紹介されており各地でその勢いを拡大している時代でした。しかしその当時においても最後発で有ったはずの少林寺拳法がなぜこれ程急速に発展できたのか?そこに少林寺拳法の持つ世界観(哲学)が多くの人々に共感を与えた事が要因ではなかったのかと考えたのです。

『単なる武道やスポーツではない!』そこに示された宗道臣の哲学、それ以前の日本武道では聞いたことも無い『理想境建設』と言う教えこそが急速に多くの支持を得たものと理解して居ます。

人々の質(考え方)を向上させることによって、この世界に平和で誰もが住みたいと思える社会を実現したい。第二次世界大戦で疲弊していた日本のみならず、世界から受け入れられる普遍性の高い哲学(教え)!が示された事が大きな要因では無かったのかと思えてなりません。

自分の思いは少林寺拳法の創設者『宗道臣』を一武道家で終わらせて良いのか? 柔道を世界中で認められるオリンピック種目にまで高め、歴史上もその名を留める加納治五郎と同等の功績は充分にあるとの強い思いです。

柔道と柔術の違いは何でしょう?
加納治五郎もかつては柔術を修練して居た事は歴史上の事実です。ではなぜ柔術は現在も続けられているにも関わらず柔道の様に世界中に発展出来なかったのでしょう、 加納治五郎の先見性と時代に即した考えがあったからではなかったのか?

今一度宗道臣の残した教え(哲学)を見直してみるのも良いのではとの思いから、自分なりに整理してみようと考えた訳です。

『少林寺拳法は単なるスポーツではない』と言う宗道臣の残した一言を切り取り、都合の良い解釈で現在の様な体系に変えてしまったのではないのか、拳士なら修練の都度 唱える道訓の最後(信条)に次のような二文が有ります。

「我等は正義を愛し、人道を重んじ、礼儀を正し、平和を守る真の勇者たることを期す。」

「我等は法を修め、心身を錬磨し、同志相親しみ、相援け、相譲り、協力一致して理想境建設に邁進す。」

この様な武道の修練を通して人の質を高める教えこそが『少林寺拳法は単なる武道やスポーツではない』と言わしめた哲学ではないのか?それこそが発展の一因である。自分にはその様に思えてなりません。

宗道臣を歴史に名を遺すような存在にしたい!偽らざる思いでBSKFが、またそのモデルを世界に広げる目的でIKAは設立されたのです。

結手