2011年7月17日は日本のサッカー界においては、大きな歴史を作った1日となった。
言うまでも無くナデシコ ジャパンのワールドカップ優勝と言う金字塔である。
3月11日の東日本大震災の後、原発事故、政治不信など次々に続く災害やそれに伴う政治の無力感に、多くの日本人が自信を失いかけていた。そんな中で行われたフットボール女子のワールドカップであったが、予選を2位で決勝ラウンドに進んだナデシコ ジャパンのその後の戦いぶりは、目を見張る活躍で世界中を驚かせた。
ワールドカップ3連覇を狙うドイツに勝った時は、単に運が良かった!と思った人達も世界には大勢居たと思う。しかし本当の実力が準決勝のスウェーデン戦で見事に発揮され、スウェーデンも打ち破ってついに念願の決勝戦へと進んだわけである。
普段フットボールに特段思い入れがある訳でもない私や家内までもが、テレビの前で思わず大声で声援を送る光景等、過去に経験が無い。確かにワールド ベースボール クラッシックで、日本が世界一になった時にはパソコンから流れる酷い画質の映像に一喜一憂した事は事実である。しかしそれは自分でも好きな野球の応援であるので、特別不思議な傾向でも無いと思う。
翻って今回はそれ程特別な思い入れもないフットボール(アメリカや日本ではサッカーだが)の試合である、もし日本の参加が無ければ自分は当然見なかったであろうし、もし予選で敗れていたら、これ程世界中の賞賛を受ける事も無かったと思う。
2011/07/19
2011/07/10
洗脳される構造とは何か?
東日本大震災から3ヶ月が過ぎた、現在も多くの人達が苦しみに耐え避難所暮らしを送っている事は各種の報道からも伝えられている。そして何よりも悲痛な状況は福島第一原発の復旧に携わる人達の苦労であると思う。これまで信じられてきた原発の安全神話は、今回の地震と津波の後に起きた重大な事故で跡形も無く吹き飛んでしまった。
そしてその後の状況を見てさらに愕然とさせられる事は、相変わらず日本国内の報道姿勢がそれ以前と全く変っていない事である。国民に真実の情報を知らせるはずのマスメディアは、まるで政府と東京電力のプロパガンダを垂れ流す為の広告業者の如く、相も変わらずに偏った報道を続けている姿勢がどうしても理解できない。この様な報道姿勢は第二次世界大戦前とほとんど変っていないと言われても仕方があるまい。中国の報道を見て一党独裁の中国が民主化を押さえ込む為の報道規制を笑えるであろうか、形を変えた情報コントロールが堂々と行われている日本を、真の先進国と見ている国は少ないはずである。
そしてその後の状況を見てさらに愕然とさせられる事は、相変わらず日本国内の報道姿勢がそれ以前と全く変っていない事である。国民に真実の情報を知らせるはずのマスメディアは、まるで政府と東京電力のプロパガンダを垂れ流す為の広告業者の如く、相も変わらずに偏った報道を続けている姿勢がどうしても理解できない。この様な報道姿勢は第二次世界大戦前とほとんど変っていないと言われても仕方があるまい。中国の報道を見て一党独裁の中国が民主化を押さえ込む為の報道規制を笑えるであろうか、形を変えた情報コントロールが堂々と行われている日本を、真の先進国と見ている国は少ないはずである。
2011/05/27
マーシャルエイド Unite for Japan 2011
5月22日ロンドン西部のブレントフォード スポーツセンターにおいてマーシャルエイドが催された。
参加団体は我々BSKFをはじめ、空手が和道国際空手道連盟と紫空会空手道連盟の2団体、英国合気道連盟、英国弓道協会、無名士剣道道場(剣道連盟、居合道、丈道含む)が参加して、東日本大震災の被災者に日本赤十字社を通じて義援金を贈る事を目的に開催された。
地震と津波の被害、引き続いて起こった原発事故によるニュース報道は今も世界中の耳目を集めている。何かしなければと言う気持ちは我々武道関係者のみならず、誰もが抱く正直な感情であるように思う。日頃の教えの中心的なものの一つに、『半ばはわが身の幸せを、半ばは他人の幸せを!』と言う言葉を重く受け止めてきた拳士達にあっては、当然の帰結としてこの様なときにこそ、率先して何かしなければならないと感じた者も少なくない。
参加団体は我々BSKFをはじめ、空手が和道国際空手道連盟と紫空会空手道連盟の2団体、英国合気道連盟、英国弓道協会、無名士剣道道場(剣道連盟、居合道、丈道含む)が参加して、東日本大震災の被災者に日本赤十字社を通じて義援金を贈る事を目的に開催された。
地震と津波の被害、引き続いて起こった原発事故によるニュース報道は今も世界中の耳目を集めている。何かしなければと言う気持ちは我々武道関係者のみならず、誰もが抱く正直な感情であるように思う。日頃の教えの中心的なものの一つに、『半ばはわが身の幸せを、半ばは他人の幸せを!』と言う言葉を重く受け止めてきた拳士達にあっては、当然の帰結としてこの様なときにこそ、率先して何かしなければならないと感じた者も少なくない。
2011/04/08
余りに悲惨な東日本大震災
先ず始めに、この度の東日本大震災で被災されました皆様に心からお見舞い申し上げます。
永らくご無沙汰してしまいました。昨年から今年に掛け、私もBSKFにも大きな変化が有った為、ここへの投稿が出来ませんでした。今回久しぶりに投稿しなければと思ったのは、先月11日の日本で起きた東北地方における巨大地震と大津波を、繰り返しニュースで見せられた事も大きな心理的動機でした。
ニュースに出た大学の教授が、『千年に一度位の地震』との説に、なるほどと思いつつ、それだけではかたずけられない思いが強く残ったからです。被害に会われた方々には掛ける言葉も簡単には見つかりません。この様な現実の前には慰めや同情が何の力も無い事を痛感しています。
11日の地震発生以来ニュース専門番組のBBCワールドやユーロニュースは、24時間このニュース映像を流し続けました。つい先日までリビア情勢や中東諸国の民主化デモがそのほとんどでしたから、全く異なったニュースに人々の関心が集まったのかも知れません。
永らくご無沙汰してしまいました。昨年から今年に掛け、私もBSKFにも大きな変化が有った為、ここへの投稿が出来ませんでした。今回久しぶりに投稿しなければと思ったのは、先月11日の日本で起きた東北地方における巨大地震と大津波を、繰り返しニュースで見せられた事も大きな心理的動機でした。
ニュースに出た大学の教授が、『千年に一度位の地震』との説に、なるほどと思いつつ、それだけではかたずけられない思いが強く残ったからです。被害に会われた方々には掛ける言葉も簡単には見つかりません。この様な現実の前には慰めや同情が何の力も無い事を痛感しています。
11日の地震発生以来ニュース専門番組のBBCワールドやユーロニュースは、24時間このニュース映像を流し続けました。つい先日までリビア情勢や中東諸国の民主化デモがそのほとんどでしたから、全く異なったニュースに人々の関心が集まったのかも知れません。
2010/06/22
世界基準が試される日本社会
工業製品を世界中で販売する為には、個々の製品に付き販売される国の規則や基準を満たしている事が重要な課題である事は言うまでもない。
一般の人が使う工業製品ばかりではなく、最近では国家的プロジェクトにまで国際規格が基準として前提となる事を、新幹線や送電等のインフラ設備でも必然である事を知った。
日本が誇る新幹線技術を世界中の国に売り込む際にも、国際基準が適用されると言う事らしい。
これとは別に車や電気製品などは、当然の事ながら売り込む国の規格や法的基準に達して居なければ製品の販売さえ行なえないことになる。
一般の人が使う工業製品ばかりではなく、最近では国家的プロジェクトにまで国際規格が基準として前提となる事を、新幹線や送電等のインフラ設備でも必然である事を知った。
日本が誇る新幹線技術を世界中の国に売り込む際にも、国際基準が適用されると言う事らしい。
これとは別に車や電気製品などは、当然の事ながら売り込む国の規格や法的基準に達して居なければ製品の販売さえ行なえないことになる。
2010/05/27
マグロと鯨
3月18日カタールはドーハにおいて、ワシントン条約締結国会議が行なわれた。
今回の議題は大西洋のクロマグロを絶滅危惧種に指定して、国際商業取引を禁止させる事が、モナコの提案であった。それに対してEUとアメリカが賛成に回り、クロマグロの最大の消費国日本が反対すると言う、日本を取り巻く環境が捕鯨問題と同じ様な雲行きになってきた事である。
鯨は原則として商業捕鯨が認められてはいない。鯨資源の有効利用を取り決めるはずのIWCが、グリンピース等の環境保護団体に乗っ取られてしまい、これまでにアイスランドやノルウェー等の捕鯨国は脱退してしまった事は以前にも書いた。
唯一捕鯨国では日本がメンバーとして加盟しているが、反捕鯨国の政治力に押され、日本が中々商業捕鯨再開に漕ぎ付けるまでには程遠い状態である。
今回の議題は大西洋のクロマグロを絶滅危惧種に指定して、国際商業取引を禁止させる事が、モナコの提案であった。それに対してEUとアメリカが賛成に回り、クロマグロの最大の消費国日本が反対すると言う、日本を取り巻く環境が捕鯨問題と同じ様な雲行きになってきた事である。
鯨は原則として商業捕鯨が認められてはいない。鯨資源の有効利用を取り決めるはずのIWCが、グリンピース等の環境保護団体に乗っ取られてしまい、これまでにアイスランドやノルウェー等の捕鯨国は脱退してしまった事は以前にも書いた。
唯一捕鯨国では日本がメンバーとして加盟しているが、反捕鯨国の政治力に押され、日本が中々商業捕鯨再開に漕ぎ付けるまでには程遠い状態である。
2010/05/03
拳士のオリンピックに対する否定的感情はなぜ?
少林寺拳法の拳士に『少林寺拳法はオリンピック参加をどう捉えているか』を聞くと、その殆んどが否定的意見である。
いわく、オリンピックは勝利至上主義に陥りやすく、我々の教えと馴染まない。
オリンピックでのドーピングを例に取り、どんな事をしても勝てばよいと言う様な人格を育ててしまう、等など否定的な意見がその主流である。
これは何も日本人の拳士に限った事ではない、ヨーロッパの拳士に聞いた時も多くの支部長が同じ様な見解を示した。勿論、中には賛成する意見も聞かれたが、どちらかと言えば少数派であった。
確かに開祖も生前オリンピックを例に取り、我々が目指す人造りには勝利至上主義に陥りやすい事や、仲間ですら選ばれる為には敵になる事、などを指摘されて『目的(勝つ)の為には手段を選ばないと言うような選手を育てる事が我々の指導とは相容れない』と指摘された事は今も記憶にある。
しかしながら開祖が言いたかった事は、オリンピックが勝利至上主義や、その為には手段を選ばないような人格を作ってしまう事が多々あるので、我々少林寺拳士や指導者は如何にそうならない為の指導や修行をする事が重要か?と言う問い掛けで有ったのではないかと思う。
いわく、オリンピックは勝利至上主義に陥りやすく、我々の教えと馴染まない。
オリンピックでのドーピングを例に取り、どんな事をしても勝てばよいと言う様な人格を育ててしまう、等など否定的な意見がその主流である。
これは何も日本人の拳士に限った事ではない、ヨーロッパの拳士に聞いた時も多くの支部長が同じ様な見解を示した。勿論、中には賛成する意見も聞かれたが、どちらかと言えば少数派であった。
確かに開祖も生前オリンピックを例に取り、我々が目指す人造りには勝利至上主義に陥りやすい事や、仲間ですら選ばれる為には敵になる事、などを指摘されて『目的(勝つ)の為には手段を選ばないと言うような選手を育てる事が我々の指導とは相容れない』と指摘された事は今も記憶にある。
しかしながら開祖が言いたかった事は、オリンピックが勝利至上主義や、その為には手段を選ばないような人格を作ってしまう事が多々あるので、我々少林寺拳士や指導者は如何にそうならない為の指導や修行をする事が重要か?と言う問い掛けで有ったのではないかと思う。
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