どこの世界にもビジネスモデルは存在する。少林寺拳法の世界であっては、開祖宗道臣の説いた言葉(教え)が大きな指標である。
しかしながら時代の変化に伴い社会環境が大きく変わり、人々の生活も戦後に開祖が少林寺拳法を開いた当時とは様変わりしている。
Paradigm shift(概念的枠組みの変化)を無視して、今現在も発足当時と同じビジネスモデルを踏襲しているとすれば、現代を生きる人々に受け入れられる事は難しいと言わざるを得ない。
それは少林寺拳法の掲げる哲学の事を言っているのではない。哲学は変える必要は無いであろう、しかしながら戦後の何も無い時代と、今日の豊かで物のあふれた時代では人々が求めるものも当然の事ながら変化しているのではないか。
これ等の検証をする事も無く、自分達の価値観を一方的に押し付けて居ても人々の理解は得られない様な気がする。パソコンや携帯電話は言うに及ばず、電化製品から車に至るまで物があふれ返る現代であれば、人々の価値観(考え方)が70年近くも前の、戦後当時と変わらない事の方が不自然であろう。
2014/07/04
2014/05/24
愛国心(Patriotism)と国粋主義(Nationalism)
良く似た意味を持つ言葉であるが、その意味するところは大きく異なる。
愛国心 Patriotismはそれほど抵抗なく受容できる言葉である。何処の国に生まれようと、又どの国に強く思い入れを感じようと人から非難される事は無い。 しかしながら国粋主義Nationalismは同じような意味合いを持っては居ても、受け入れる事がなかなか難しい言葉である。
一見同様に見える言葉ではあっても、両者は根本的に全く異なった意味合いを持って居る。愛国心は、自分の生まれた国や住んで居る国を愛する気持だ。そこには同時に他者(他国の人が同様に国を思う心)に対する理解も存在する。他方、国粋主義の根底には、自分達の国以外を認めない(他者を見下す)差別的な視線が含まれている。
日本国内で行われているヘイトスピーチも、このところメディアを通じて海外で生活していても聞こえてくるようになった。残念ながらこれも愛国心と言うよりはナショナリズムといった方が正確であろう。
愛国心 Patriotismはそれほど抵抗なく受容できる言葉である。何処の国に生まれようと、又どの国に強く思い入れを感じようと人から非難される事は無い。 しかしながら国粋主義Nationalismは同じような意味合いを持っては居ても、受け入れる事がなかなか難しい言葉である。
一見同様に見える言葉ではあっても、両者は根本的に全く異なった意味合いを持って居る。愛国心は、自分の生まれた国や住んで居る国を愛する気持だ。そこには同時に他者(他国の人が同様に国を思う心)に対する理解も存在する。他方、国粋主義の根底には、自分達の国以外を認めない(他者を見下す)差別的な視線が含まれている。
日本国内で行われているヘイトスピーチも、このところメディアを通じて海外で生活していても聞こえてくるようになった。残念ながらこれも愛国心と言うよりはナショナリズムといった方が正確であろう。
2014/05/02
何処へ向かうか少林寺丸
最近日本の友人達から少林寺拳法の道院運営に対する不満をよく耳にする様になった。現在の自分は日本の組織を離れた(除名された)身分であるから、その分意見を言いやすいのかも知れないが、事の発端はこの4月から始まった組織改革である。
少林寺拳法が誕生して60年以上が過ぎた。大きな発展を遂げた少林寺拳法の組織ではあるが、どうもこのところ組織が目指している方向性が見えなくなっている様に感じる。この4月から、道院運営に関して組織改革と呼ばれる新体制が導入され、宗教法人である以上、公共施設は使ってはならないという通達があったのだ。このため閉鎖に追い込まれた道院が幾つも有ると聞いた。
少林寺拳法という組織は、公私にわたって利益を度外視した各道院長の情熱で発展し、現在までそれが維持されてきた。と言っても決して過言ではあるまい。その最大の功労者に対して 「公共施設で宗教活動は出来ない。許可が取れなければ閉鎖しなさい」 では、あまりにも一方的である。道院長や拳士の個別の事情を無視した組織改革だと言わねばならない。
有名な言葉を思いだした。「国家は国民の利益の為に存在する、国家の利益の為に国民が存在するのではない!」 誰の言葉かは忘れたが、真理であろう。
これを参考にすれば「組織はそれを構成する会員の利益(利便)の為にのみ存在するが、会員は組織の利益の為に存在するのではない」と言う事もできる。これもまた真理と言えまいか。組織と会員の立場が逆転すると『カルト団体』と言われても仕方がない。
少林寺拳法が誕生して60年以上が過ぎた。大きな発展を遂げた少林寺拳法の組織ではあるが、どうもこのところ組織が目指している方向性が見えなくなっている様に感じる。この4月から、道院運営に関して組織改革と呼ばれる新体制が導入され、宗教法人である以上、公共施設は使ってはならないという通達があったのだ。このため閉鎖に追い込まれた道院が幾つも有ると聞いた。
少林寺拳法という組織は、公私にわたって利益を度外視した各道院長の情熱で発展し、現在までそれが維持されてきた。と言っても決して過言ではあるまい。その最大の功労者に対して 「公共施設で宗教活動は出来ない。許可が取れなければ閉鎖しなさい」 では、あまりにも一方的である。道院長や拳士の個別の事情を無視した組織改革だと言わねばならない。
有名な言葉を思いだした。「国家は国民の利益の為に存在する、国家の利益の為に国民が存在するのではない!」 誰の言葉かは忘れたが、真理であろう。
これを参考にすれば「組織はそれを構成する会員の利益(利便)の為にのみ存在するが、会員は組織の利益の為に存在するのではない」と言う事もできる。これもまた真理と言えまいか。組織と会員の立場が逆転すると『カルト団体』と言われても仕方がない。
2014/04/25
冤罪事件は何故無くならないのか
先日トップニュースで、死刑が確定していた袴田巌さんの再審が認められ、釈放されるとの報道があった。 このニュースは日本国内のみならず英国でもBBCが取り上げて話題となった。
日本における冤罪事件が、以前より多く明るみに出る様になった事は積極的に評価できるが、一方でこれ程多くの冤罪事件が次から次に明るみに出てくる事で浮き彫りになってきたのは、以前の警察や検察の捜査や調書の取り方に、多くの問題があったという事ではないか。
日本はこれまで法治国家として犯罪に対する検挙率が高い事で知られていた。同時に検挙された被告に対して、裁判所での判断は、概ね警察や検察が描いた結果が判決として言い渡される事が多かった様に思う。
日本における冤罪事件が、以前より多く明るみに出る様になった事は積極的に評価できるが、一方でこれ程多くの冤罪事件が次から次に明るみに出てくる事で浮き彫りになってきたのは、以前の警察や検察の捜査や調書の取り方に、多くの問題があったという事ではないか。
日本はこれまで法治国家として犯罪に対する検挙率が高い事で知られていた。同時に検挙された被告に対して、裁判所での判断は、概ね警察や検察が描いた結果が判決として言い渡される事が多かった様に思う。
2014/04/12
二重基準(ダブルスタンダード)
現代社会においてダブルスタンダードは、軽蔑の対象となるばかりではなく、信頼の失墜や反論の根拠となる事は言うまでもない。しかしながら注意深く観察すると諸々の分野で二重基準がいかに多く使われているかに驚かされる。
政治の世界はダブルスタンダードのオンパレードと言っても良いくらいだ。日本ばかりでなく、世界を見渡せば二重基準はいたるところで見受けられる。 本来であれば二重基準(この場合二枚舌と言うべきか)を最も戒めなければならない立場の政治家が、先進国から途上国までこの分野(政治の世界)では、厚顔無恥な輩が多い事は残念ながら事実かも知れない。
最近も日本のある政治家が、8億円もの入金について追及を受けていた。確か同じ人物が前都知事の献金や民主党政権時には、党首や幹部の献金では随分威勢よく追及していた事を記憶している。しかし事が自身の問題になると途端にトーンが変わってしまう、これでは国民から見限られても文句は言えないであろう。
政治の世界はダブルスタンダードのオンパレードと言っても良いくらいだ。日本ばかりでなく、世界を見渡せば二重基準はいたるところで見受けられる。 本来であれば二重基準(この場合二枚舌と言うべきか)を最も戒めなければならない立場の政治家が、先進国から途上国までこの分野(政治の世界)では、厚顔無恥な輩が多い事は残念ながら事実かも知れない。
最近も日本のある政治家が、8億円もの入金について追及を受けていた。確か同じ人物が前都知事の献金や民主党政権時には、党首や幹部の献金では随分威勢よく追及していた事を記憶している。しかし事が自身の問題になると途端にトーンが変わってしまう、これでは国民から見限られても文句は言えないであろう。
2014/03/20
世界で一つの少林寺拳法 その2
前回の報告では世界で一つの少林寺拳法と題して所見を述べたが、少林寺拳法が『一般名称』として認知された事は、確かに我々英国連盟にとって喜ばしい事には違いないが、果たしてその事のみをとらえて全てが満足できるか?と言う現実に立ち返って考えてみたい。
武道の世界を見渡せば分かる様に、空手や柔術と言った団体には様々なグループが存在している。これはそれらの武道が『一般名称』として認知されて久しい事にも起因するが、少林寺拳法にも将来的に考えれば同様な問題が発生しないとは言い切れない。
日本国内の空手団体を見渡しても、伝統空手のグループからフルコン系の団体まで数えればきりがない。中にはもともと少林寺拳法をやって居たグループも含まれている。空手を名乗る理由は少林寺拳法と名乗る事により英国連盟と同様名称問題で訴えられる事を恐れた結果であると充分に考えられる。又同時に空手といわれる武道が個々の名称問題にあまり関心が無く、比較的おおらかに新しいグループも吸収していった事が主な理由かもしれない。
今一つ気になる事を柔術を例に挙げて考えてみたい、英国には日本を起源とする柔術以外に、諸々の格闘技を寄せ集めた『Jujitu(じゅうじつ)』と呼ばれるグループが数多く存在している。 彼らは日本から伝わった様に演出する事には熱心だが、真の武道と言うものを全く理解していない事が様々な機会に散見される。
武道の世界を見渡せば分かる様に、空手や柔術と言った団体には様々なグループが存在している。これはそれらの武道が『一般名称』として認知されて久しい事にも起因するが、少林寺拳法にも将来的に考えれば同様な問題が発生しないとは言い切れない。
日本国内の空手団体を見渡しても、伝統空手のグループからフルコン系の団体まで数えればきりがない。中にはもともと少林寺拳法をやって居たグループも含まれている。空手を名乗る理由は少林寺拳法と名乗る事により英国連盟と同様名称問題で訴えられる事を恐れた結果であると充分に考えられる。又同時に空手といわれる武道が個々の名称問題にあまり関心が無く、比較的おおらかに新しいグループも吸収していった事が主な理由かもしれない。
今一つ気になる事を柔術を例に挙げて考えてみたい、英国には日本を起源とする柔術以外に、諸々の格闘技を寄せ集めた『Jujitu(じゅうじつ)』と呼ばれるグループが数多く存在している。 彼らは日本から伝わった様に演出する事には熱心だが、真の武道と言うものを全く理解していない事が様々な機会に散見される。
2014/03/13
世界で一つの少林寺拳法とは
永らくこのブログから離れてしまったが、これを機会に又再開したいと思う。
ほぼ2年間に亘り投稿しなかった事には諸々の事情が有った。最も大きな理由は、英国少林寺拳法連盟の名称登録をめぐって、少林寺拳法ユニティとの間で生じた係争である。
経緯を簡単に述べるならば、話は今から5年前にさかのぼる。WSKO理事会に出席の為、2008年の12月に訪日した私に対して、渡航費の請求が不当にあたるとして理事会で糾弾される事となった。
私の解釈と本部の解釈とが異なった事が主な原因だったが、「もし組織に迷惑が及ぶと言うのであれば、WSKOの理事並びに指導員を辞任してお詫びをしたい」と申し出たため、いったん事態は収束に向かったはずだった。
しかし、翌年1月になるとWSKO本部から、「水野は謹慎処分中の身であるためBSKFのいかなる行事に出席する事も許されない」と全支部長に通達があった。 「あれ、まったく話が違うな」と思ったが指導員辞任を受け入れた訳だから仕方ないと判断し、2009年には講習会や会合には一切参加しなかった。
そんな中、2010年に英国連盟は新しい連盟規約の更新に踏み切った。その時点でのWSKO本部との確認事項は、連盟内で民主的に採択された新規約はWSKOも尊重するというものであった。 ところが新規約への更新には、WSKOの事前承認が必要という連絡が入ったため、英国連盟支部長会は俄然反発を強めた。
彼等英国人の認識では、国の法律に反しない限り、自分達の組織(BSKF)の規約においては英国法が当然の事ながら優先されるべきであり、それに反していない以上、民主的過程を経て採択された新規約は、当然の事ながらWSKOでも追認されると信じていたからである。
以上の経緯から、新規約を認めないとするWSKOとの軋轢は益々大きくなり、2010年3月3日、とうとうBSKFはWSKOから会員資格(国の連盟として)を剥奪されてしまう事態に至り、私も同時に除名処分を受けた。
ほぼ2年間に亘り投稿しなかった事には諸々の事情が有った。最も大きな理由は、英国少林寺拳法連盟の名称登録をめぐって、少林寺拳法ユニティとの間で生じた係争である。
経緯を簡単に述べるならば、話は今から5年前にさかのぼる。WSKO理事会に出席の為、2008年の12月に訪日した私に対して、渡航費の請求が不当にあたるとして理事会で糾弾される事となった。
私の解釈と本部の解釈とが異なった事が主な原因だったが、「もし組織に迷惑が及ぶと言うのであれば、WSKOの理事並びに指導員を辞任してお詫びをしたい」と申し出たため、いったん事態は収束に向かったはずだった。
しかし、翌年1月になるとWSKO本部から、「水野は謹慎処分中の身であるためBSKFのいかなる行事に出席する事も許されない」と全支部長に通達があった。 「あれ、まったく話が違うな」と思ったが指導員辞任を受け入れた訳だから仕方ないと判断し、2009年には講習会や会合には一切参加しなかった。
そんな中、2010年に英国連盟は新しい連盟規約の更新に踏み切った。その時点でのWSKO本部との確認事項は、連盟内で民主的に採択された新規約はWSKOも尊重するというものであった。 ところが新規約への更新には、WSKOの事前承認が必要という連絡が入ったため、英国連盟支部長会は俄然反発を強めた。
彼等英国人の認識では、国の法律に反しない限り、自分達の組織(BSKF)の規約においては英国法が当然の事ながら優先されるべきであり、それに反していない以上、民主的過程を経て採択された新規約は、当然の事ながらWSKOでも追認されると信じていたからである。
以上の経緯から、新規約を認めないとするWSKOとの軋轢は益々大きくなり、2010年3月3日、とうとうBSKFはWSKOから会員資格(国の連盟として)を剥奪されてしまう事態に至り、私も同時に除名処分を受けた。
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