2015/07/10

講習会シーズン

毎年、春先は2月のBSKF学生合宿から始まり、4月からはヨーロッパでの特別講習会が控えている。今年は5月初めのイタリアはシチリアでの25周年記念大会と講習会、そして5月の終わりにはスイスでの講習会も紹介した。

6月中旬はアイルランドのディングルと言う場所で講習会が催された。その2週間後の6月最後の週末にはチェコの講習会があった。日本から応援に駆け付けてくれた指導員と一緒にチェコに飛び、講習会を無事乗り切る事が出来た。

この季節のヨーロッパは一年でも最も快適なシーズンを迎える。日本の様な梅雨は無く、日照時間も長く 午後の10時近くまでも明るいので一日の長さを有効に使うことが出来る。 イタリアから始まった今年の海外講習会も7月に入り山を越える事となった。アイルランドのディングルは大西洋に面した簡素な町である。その様な町にも日の長いこの季節、ヨーロッパのみならずアメリカやカナダ等からも観光客が訪れていた。

アイルランドと言えば世界記録のギネス・ブックで有名なギネス(黒ビール)の原産国である。ロンドンのパブで飲むギネスとは一味違ったドラフトのギネスが味わえるので、呑兵衛の小生には嬉しい場所でもある。練習後のパブではギネスを酌み交わしながらの食事となるが、地元のミュージシャンによるアイルランド民謡を聞きながらギネスのグラスが重ねられていく。昨年の講習会では地元のゲーリック語(アイルランドの言葉)専門のTVチャンネルが取材に来ていた。少林寺拳法の事を拳士や支部長が説明していたのだが、私には全く理解できなかった。


アイルランドの講習会から2週間が過ぎ、今度はチェコの講習会である。日本からの応援もあり今年も充実したセミナーとなった。 チェコはEU加盟の国ではあるが通貨はユーロではなくチェコ・クローナと呼ばれている。 1993年まではチョコとスロバキアは一つの国であった、現在では2か国に分裂し、それぞれが別の国家として国連にも加盟している。

どこの講習会でも感じる共通の印象と言えば、国は異なっても拳士の練習に取り組む熱心さである。1日の練習時間は概ね6時間位であるが、いつもながら驚かされるのは私ばかりでは無いようだ。6時間ぶっ続けての練習で不満を口にする事も無く、黙々と練習している10歳~14歳前後の年少拳士達の集中力には改めて感心してしまう。

今回のセミナーにはスロバキアから新たな参加者があった。元々は異なった武道をやって居たらしいが、少林寺拳法も少し習った事があるとの事で、今回の主催者に参加を申し込んだ様だった。その彼が当初 黒帯を締めて練習に参加して居たので、私が「君は何処で少林寺拳法を修行したのか?」と聞くと、「デンマークで武術を指導している日本人から少林寺拳法を習った」と答えた。

技の名前もいくつかは理解出来た様だが、天地拳第一をやらせてみると少し形が崩れて居る事が分かった。そこで「君は真剣に少林寺拳法をしたいのか?」と聞くと、「ここに参加してみて、もう一度最初から始めたいと思った」と言う答えが返ってきた。「では白帯に変えて参加しなさい」と言うと、翌日の練習には白帯を主催者から借りて練習に参加していた。今後 彼が少林寺拳法に対してどの様に取り組むのか、私もしっかり見守りたいと思う。

チェコ人に対する印象は非常に生真面目な人達が多いと感じる。ライフスタイルに派手さはないが、懸命に物事に取り組む姿勢はこれまで多くの異なった文化の拳士達を見てきた経験からその様に感じる事が多い。今回の講習会を主催した支部長にしても、チェコの地方都市(カルロイ バレー)からロンドンまで年に何度も往復して、1回の渡航では1週間程滞在し、毎日真剣に練習に取り組む姿勢が今も強く印象に残って居る。

彼は警察の幹部であると同時に、空手指導員の資格も有していた。そのまま続けていれば今頃は5段くらいの資格(実力)は充分に考えられた。しかし宗道臣の本(「思想と技法」)との出会いから、少林寺拳法を修行したいと私に連絡をしてきた事がきっかけである。丁度自分がカッパ・ブックスの『秘伝少林寺拳法』を読んで少林寺拳法にのめり込んでいった事を思い出させる。その後は講習会や合宿の都度、チェコからロンドンまで練習に通ってくる生活が始まった。初めの頃はいつまで続くのかと、半信半疑で見ていた英国連盟の拳士達も、講習会の都度見かける彼の姿に次第に共鳴するようになり、ホームステイ等の協力を申し出る拳士も出てきた。

空手指導員の経験があるとはいえ、剛法はともかく柔法の習得には他の拳士と同様 時間が必要であった。初段取得には彼がロンドンまで通い始めてから5年程掛かった事になる。その間 投げ出す事も無く懸命に練習に励む姿は、多くの英国連盟拳士達にも良い影響を与えた事は言うまでもない。そして彼に協力して少林寺拳法を首都のプラハで指導している拳士も一人居る。 彼は現在プラハの大学で教鞭をとっているが、ロンドンのインペリアル大学で研究者として勤めて居る時に少林寺拳法と出会った。

合気道3段の資格を持っており、チェコでは合気道の道場を続ける事も可能であった人物である。ロンドン滞在中はインペリアル大学の拳法部の練習に参加していたがそれだけでは物足りず、私の指導するメイフェア支部やシティ大学の拳法部にも参加する様になり、ほぼ毎日が少林寺漬けの生活であった。プラハへ帰る直前に初段に合格してからもBSKFの講習会や合宿には毎回顔を出すと言う熱心さである。ロンドンでの練習においてチェコ人二人の出会いがあり、首都のプラハでも支部を開設する運びになった。その後も事ある毎に協力し合いチェコでの少林寺拳法発展につながっている。

この様に一人一人の拳法にはそれぞれの出会いが有る。そこで何を学び、何を伝えたいのか? チェコの拳士達を見る都度、彼等の熱心な練習態度には教える側の自分がいつの間にか教えられる事に気付かされる思いである。



2015/06/09

スイス講習会について

先週末はスイスのヌシャテルと言う街で講習会があった、毎年この季節には招かれている。今年も良い天気に恵まれ、気持ちの良い2日間であった。今回はヌシャテルの姉妹都市(名前は忘れたが)との相互訪問と言うイベントが週末に催されて居た事も有り、普段よりも多くの人達が街に溢れていた。 いつも感じる事はスイスと言う国は街から村に至るまで、景観においては計算し尽された美しさを感じずには居られない。

現在スイスでの少林寺拳法は、名称が異なる5つのグループが共に協力して、スイス拳法ユニオンを形成している。元々はWSKOから国の連盟としての登録であったが、BSKFがWSKOから脱退した時と同じ頃、スイスも6支部あった内の4支部がWSKOから脱退してしまった。これは我々BSKFが働きかけたものでは無く彼等が自分達の判断でWSKOから離れた訳だが、たまたま時期が重なった為に私にそそのかされて脱退したと思われているのかも知れない。お断わりしておくが決してその様な事実はありません!

今回もシチリア同様に拳士の熱心さが随所に感じられる、気持ちの良い講習会であった。スイスと言う国は国内に異なった言語体系を有する珍しい国でもある。その中でもドイツ語を話す人達の割合が最も多く、6割の国民がドイツ語圏に住んで居る。毎年講習会が行われるヌシャテルは、フランス語圏に属しており3割前後と言われている。残りの1割くらいがイタリア語圏らしい。

今回もバーゼルから支部長始め拳士が数多く参加し、充実した講習会であった。彼等にしてみれば三段、四段以上の技を練習する機会は少ないのが実状であろう。その様な訳で講習会での技術科目も私が指導する科目は有段者が中心になるのが普通である。熱心な質問と同時に何とかコツをつかもうと皆真剣である。指導する私もついつい彼等の熱心な姿勢に、普段以上に力が入ってしまうから練習の後は体力的にも限界である。

皆で囲むレストランの食事もビールやワインが出され、こればかりは先月のイタリアや日本でも同様な楽しい一時である事は共通している。それぞれの国には異なった料理文化が存在するが、スイスの様に海に面して居ない国では日本の様な新鮮な魚料理と言う訳にはいかない。その代わりに肉料理やチーズ料理は豊富と言う事なのだと思う。

これを読まれた皆さんがスイスを訪問される機会があれば、是非練習に参加して少林寺拳法と言う共通の楽しみを現地の拳士達と共に味わって頂きたいと思う。きっと充実した楽しい時間が共有できると信じて居る。







2015/05/26

発展する会社(組織)と瓦解する会社(組織)

前回はイタリア、シチリアでの25周年記念大会と講習会の様子を報告した。その中で自分達がかつて同様な事(喜びとして)が出来た事を述べたが、少し掘り下げて考えてみたい。

戦後日本の武道と言う環境の中で、比較的短期間に大きな発展をとげた武道団体と言えば、宗 道臣の少林寺拳法と大山 倍達の極真会くらいであろう。両団体とも手法は異なるも、卓越した創始者が居たからこそ大きな発展に繋げられた事は疑う余地も無い。

しかしこの様な事が出来た組織が当たり前であるはずがない!そこには宗 道臣や大山 倍達に強く傾倒する指導者と拳士(弟子)が存在したからこそ、実現出来た話である。少林寺拳法に限って言えば、大きな理想をかかげて少林寺拳法を創始した宗 道臣が居たからこそ可能となった事実(発展)ではないだろうか。

もし仮に宗 道臣が居なかった少林寺拳法を想像してみれば分かると思う。数ある武道の中で短期的に、これ程大きな組織に発展する事が出来たであろうか?創始者で成功した者には、並外れた感覚と技術のみならず実行力があったからである。なにもそれは少林寺拳法の開祖 宗 道臣や極真会館の大山 倍達に限った話では無い。

目を実業界に向ければなお一層理解できるのではないか。 本田 宗一郎の居ない『HONDA』、井深 大と盛田 昭夫の居ない『SONY』、松下 幸之助の居ない『Panasonic』、国内に限った事では無い。スティーブ・ジョブスの居ないアップル、エンゾ・フェラーリの居ないフェラーリ、トーマス・エジソン(戦後ではないが)がもし居なかったら、そもそも現在まで続くGEは存在したのか。などなど数え上げればきりがない。

それらの創立者と呼ばれる人達の中には、非常にエキセントリックな人物も珍しくない。

普通の人が思いも掛けない事が出来たから、大きな成功も可能となったと言う方が正しいのかも知れない。しかし肝心な事は、その様な偉大な創始者を失った時、会社や組織がどの様に発展を続けられたのかと言う事を見てみれば、ある程度の答えは見つけられるのではないだろうか。

創始者亡き後も発展を続けることが可能となった組織や会社には、そのほとんどが多くの人知を結集して発展に繋げてきた事が見てとれる。逆の場合には組織や会社は倒産するか責任者が替る事で、その後の発展に繋げられた。

創始者亡き後も成功し発展する組織には、それらを可能にするメカニズムが存在するはずである。ほとんどの場合、創始者が実現したビジネスモデルを継承するプロセスは尊重される。武道組織の場合には中々難しい事が沢山ある。多くの組織が直面する後継者問題に複数の課題が存在する事は枚挙に暇がない。

武道団体の難しさは組織運営(経営能力)の前に、血筋や武道家としての実力等が、非常に問題を難しくしている事が挙げられるのではないだろうか。創始者は全てにおいて尊敬を集め、創始者その人が法律であっても問題は無い場合が多い。宗 道臣や大山 倍達が正にこれらに当てはまると考えられる。しかし後継者がそこを見失うと組織は崩壊に向かう事になる。この問題を克服した武道組織だけが、その後の発展に繋げられると言う事なのだと思う。

果たして現在の少林寺組織に発展に繋げられるメカニズムは存在するのか? 私には想像が出来ない。世界に多くの支社や従業員を抱える大企業でも、これらのメカニズムが機能しない会社は倒産する例を数多く見ている。もし二代目トップが、自らを創業者と同等の能力が有ると勘違いしているとすれば、残念ながらそれらを救えるマジックは存在しないであろう。

2015/05/12

イタリアのおもてなし


今年の講習会シーズンが始まった。
昨年8月のBSKF40周年記念大会に参加してくれた事がきっかけとなり、今年は彼等の25周年大会と特別講習会に行く事を約束していた。過去に何度も訪れているイタリアでの講習会ではあるが、今回の訪問はお互いがWSKOと言う組織を離れてからは初めての記念すべき? 講習会となった。

今回の大会並びに講習会には昨年のBSKFと同様に、日本からも指導者が駆け付けて頂いた事で大変に充実した催しとなった。参加したBSKFの拳士も3名の支部長初め10名を超える拳士の参加があった。その他にもスイスや新しく我々のグループIKAに加わったスペインからも、指導者のみならず拳士の参加が実現した事は大きな成功と自信をもたらす結果となった。


以前イタリア連盟が主催した講習会に比較すれば、拳士数においては比べるまでも無い。当時イタリア連盟は発展期に入っており初めてのヨーロッパ講習会を主幹する事で、国内やヨーロッパでの問題を封じ込める事に成功し乗り切った。ヨーロッパでの講習会としてはピークの参加拳士数を記録している。

その様な事情を知る者からすれば、今回のシチリア25周年の大会・講習会は実に意義深いものであった。 第一に参加拳士の笑顔が実にイキイキとした印象を与えていた。そこには上からの命令で強制的にさせられている大会ではなく、自分達の記念大会に海外から応援に駆け付けてくれた拳士達と、共に最大限に楽しみたいと言う気持ちを見てとる事が出来た。それは昨年8月に催されたBSKF 40周年記念大会と全く同じ雰囲気が再現されたものと思われる。



思い起こせばこの様な雰囲気の大会は何も昨年に始まった事ではない。開祖が存命中は毎年この様な雰囲気の大会が催されて居た事は、当時を知る指導者には理解出来ると思う。 大会も講習会も自分達が楽しむためにやって居る。そこには心から喜びを分かち合いたい仲間が居て、自然に協力する事があたりまえの様に出来た。仮に先生や先輩からの指示があったとしても、そこには自分に課せられた責任を喜びとして受けとめる事が普通であった。


今回の講習会に日本や海外から参加した指導者や拳士達にも、主催したイタリア拳士達のホスピタリティは充分に伝わっていた。 昼食時には美味いワインも添えられていた事をBSKFの支部長達には是非記憶しておいて欲しいものである。昼食時間はイタリア同様、3時間は必要ですぞ! 宜しく。


2015/05/04

新たなる旅立ち No.2

前回『新たなる旅立ち』として書いたが、今回はその後の動きを述べてみたい。日本からの問い合わせや支援者に対して私から直接的な働きかけはしなかった。 しかしその様な中にあってこれまで少林寺拳法の指導者として長年運営に関わってきた人達の中から、実際の行動を起こす人達が現れた時には新鮮な驚きと同時に大きな責任を感じた。

今年の初め頃から色々と相談を受ける中で、私自身が何かお役に立てる事があれば協力させて頂く事を伝えた。そうは言ったものの形として何かが形成されるまでにはかなりの時間と努力が必要で、組織としての形が出来上がるまでには、多くの人達の協力が有ったればこそ実現に至った事は言うまでもない。

私がこの場にも何度か書いた様に、新しく拳法の組織を日本国内で立ち上げようと考えるのであれば名前にこだわる必要は無いと言う事である。今回この様な考え方に共鳴して、護身術としての武術に思い入れを強く描く指導者達によって立ち上げられた組織に、相談役と言う形で関わる事が出来て光栄に思う。

『少林寺拳法は日本以外では一般名称である』と言う事がこのところ急速に知れ渡る事となり、様々な国で色々な形の『少林寺拳法』と呼ばれるグループが活動を始めている。私がこのブログで1年ほど前に指摘したように、WSKOがいくら主張しても、『世界で一つの少林寺拳法』とは言えなくなってきた事は現実が証明している。今日の様なインターネット社会であれば世界中にどれくらいの数の『少林寺拳法』を名乗るグループが存在するのか直ぐに分かる事であろう。

この事実が理解できていないと今後世界中で出現が予想される摩訶不思議な『少林寺拳法』に振り回される事になる。「その様なグループは少林寺拳法では無い」と主張しても、次々に出てくる同様なグループに対して打つ手は無くなるであろう。日本国内では知られて居ない無数の少林寺拳法が、世界では様々な国で現に出始めている。自分達で勝手に作ったと思われる、おかしな法衣(少林寺経験者から見れば)を着た先生が、靴を履いて真顔で指導しているビデオもYoutube で見る事が出来る。真っ黒の道着を着ている少林寺拳法の指導者も存在する。私が述べた『パンドラの箱』は開いた事が見てとれると思う。

この様な現実に目を背けているばかりでは何も変わらない。しっかりと眼を開き現実を見る以外には何も解決等出来ないであろう。 同時に日本で活動を始めた元少林寺拳士による『拳法』の団体も数多く存在している。 彼等は別派ではあっても偽物では無い!長年、少林寺拳法の指導者として携わってきた人達である。組織の示す方向と自分達の信じる方向が異なった為、やむなく別組織として活動を始めたと言う方が正しい解釈であろう。

世界は益々狭く感じる様になり、情報伝達のスピードも過去のものとは格段の違いを見せる時代である。この様な時勢において数十年前と同様のプロパガンダを繰り返すだけで拳士が納得するとは考えられない。

我々が望む拳法の姿とは『宗道臣の教え』を根底に持つ組織の結束ではないかと考える。いくら名前が『少林寺拳法』であっても靴を履いて練習し、形だけの法衣(らしきもの)を着ていても、同じ拳法グループとは認めたくない人達も居る。 又逆に名前は『少林寺拳法』とは名乗って居なくとも、正当に教えを貫いて居るグループであれば共に協力が出来るのではないかと考える。

要は名前が何よりも大切(前提)ではなく、『どの様な教えをしているか』が問われているのではないか。摩訶不思議な『少林寺拳法』は自分の目で確かめて頂きたい。それに対する私のコメントは必要ないであろう。個々の拳士や指導者が判断すれば良い事である。『名前』(少林寺拳法)を取るのか、『実』(実際の指導内容)を取るのか? 拳士それぞれが選ぶ時が近づいて居る様に感じている。

2015/04/28

タマ 今年9歳です

タマ1歳
タマ1歳
我が家で飼っている『タマ』、ジャックラッセルの♀は4月で9歳と4か月になった。相変わらず元気で病気や怪我もなく飼い主孝行の犬である。タマの名前の由来は背中の丸柄である。「ネコの様な名前だ」と名前を聞いた日本人からは笑われるが、日本人以外からはその様な指摘は無い!

今年で9年過ぎたと言う事は人間で言えば60代の中頃か? 小生と同年代に近い熟女になったと言う事か。しかし元気の良さは相変わらず、5、6年程前とほとんど変わる事は無いように感じられる。しかし良く観察すると顔の周りに白い毛が多くなっている。人間ならばさしずめ白髪が増えたと言う事か、自分の頭を鏡で見れば何のことはない、タマと一緒である。!

タマ3歳
タマ3歳
お互いこれからも元気で過ごしたいものだ。散歩はこのところ小生の方がくたばるのが早いかも知れない。奴は2時間でも3時間でも走り回って居るので出かけるのが少々億劫になってきた。とは言え天気の良い日には長時間の散歩に連れ出してやらねば。それがないと足腰が弱ってくるのは小生も同じかもしれない。

タマ5歳
タマ5歳
楽しく拳法を続けられるのもタマとの散歩が大きく貢献していると考え、出来るだけ夏の間は散歩に連れ出してやろうと思っている。タマ、後10年はお互いに現役で頑張ろう、宜しく。

タマ9歳
タマ9歳

2015/04/07

新たなる旅立ち

年が改まったと思う間もなく早や4月である。新たな旅立ちをする人達が学校や社会に、希望に満ちた第一歩を踏み出そうとしている。 その様な季節なのかこのところの投稿欄にも、現在の少林寺拳法と言う組織が示す方向やあり方に疑問や不信を抱き、私にメールを送ってくる指導者が増えてきた。

その人達のほとんどは、これまで少林寺拳法の指導者として第一線で活躍してきた方々である。自分達が何十年も前に開祖の熱い思いに触れ、少林寺拳法こそ生き甲斐と信じ実践(指導)してきた指導者達である。 少林寺拳法の開祖宗道臣が説いた教えとはいったい何であったのか? どうして拳士はこの様に強い絆で結ばれ、少林寺拳法と言う武道に情熱を掛ける事が出来たのであろうか? 今一度原点に立ち返り検証してみる意味はあると思う。

開祖 宗道臣の教えは平たく言えば『理想境建設』である。その為の手段として人材の育成『人、人、人、全ては人の質にある』と言う名言を残した。少林寺拳法と言う武道を通して社会に貢献できる人材の育成が主目的では無かったのか? 言い換えれば良い社会作りに対する宗道臣の提言(提案)とも言える。

少林寺拳法の目指す究極の目的が『理想境建設』であり、その為の人材育成であるとすれば、富士山の頂上をめざし登山する方法論にもつながりはしないか。つまり『理想境』を富士山の頂上と仮定すれば、そこに至る一つの選択(道筋)であると言う事も出来る。 頂上にたどり着く為の道は一つでは無く、選択肢はいくつもある。これが宗道臣の提案であり「少林寺拳法だけが唯一絶対の道だ!」と言っている訳ではない。

政治も、経済も、科学も、文学や音楽やスポーツも、富士山の頂上『理想境』を目指す為の選択肢となり得るはずである。 開祖が残した言葉に真実(言いたかった事)を見い出すとすれば、少林寺拳法による人作りとは『半ばは自己の幸せを、半ばは他人の幸せを』を、行動で示す事の出来る人材の育成であった様に思う。この言葉は「我々は『少林寺拳法』と言う武道を通してその様な人材を育成したい」と言う、開祖からの提言と見る事も出来るのではないか。

指導者は自分達の組織の掲げる言葉に酔ってはいけない。少林寺拳法だけが社会に貢献できる人材を作る事が出来る組織と勘違いしては居ないだろうか? 開祖の言葉を釈尊の残した遺訓の様に感じ、現在でも教えを大切に伝えようと努力して居る指導者には敬意を表したい。しかし同時に教えが大切であればこそ、より多くの人達がその言葉(教え)に触れ、人生の指針として社会で必要とされる人材となり、活躍(実戦)して頂きたいと切に願うものである。

複数の指導者から問い合わせを頂き、私が個人的に感じた事は、情熱をもって指導してきたはずの道院長や支部長が、何故今の状況に矛盾と不満を感じるのであろうか。 それに対する私のコメントは答えでは無い! 一つの考え方と捉えて頂きたい。少林寺拳法と言う武道から得た教え(哲学)と経験(技)を、後進に伝える方法はいくらでもある。 名前(ブランド)にこだわって本質を見失っては意味が無い。利権と保身にこだわって居る組織に、良い指導など出来るはずがない。名称など何でも良い、本質を残したいと思う。

又武道の修行だけが教えを実践する方法とも思わない。投稿の中から素晴らしい体験や、少林寺拳法の哲学で得た教えを社会の中で実践している人達が居る事を知る事が出来た。教えを糧に社会の弱者に役立つ技術開発を、将来の夢として熱く語ってくれた拳士も居た。現在は異なった分野に進まれた拳士達ではあるが、開祖の教えを正に実践している人達である。このように私達の目指す(願う)社会貢献は、少林寺拳法と言う狭い世界の中にあるのではなく、いたる所にあるのではないだろうか。