2019/10/11

切小手の捕り方

少林寺拳法の指導者として過去にいろいろな場所で指導してきた。

私より身長の低い拳士が一人も居なかったスウェーデンやフィンランド等のスカンジナビア半島の国から、標高1000Mを超える空気の薄さを感じる国や、環境から来る身体能力の非常に高いアフリカのケニア、タンザニア等と言った国々まで指導する機会を得た。

そこで分かったことがいくつか有る。自分達の現在やっている技に対する研究と進化の大切さである。研究心が足りなければ進化も適わないのみならず、より強大な者には技が通じない。その時に役立った事は図らずも先輩指導者による知恵だった。

ここで紹介する技にもそれら先輩諸氏の血の滲む様な研鑽と努力の跡が見て取れる。正直言って切小手と言う技は自分が指導者になった後も全く自信が持てなかった。言葉の通じない場所での指導であれば説明して倒すことなど不可能である。そんな悩みをぶつけた時に偉大な先人達は少しも隠すことなく指導してくれた。

そんな一人が柔法で名を馳せた森 道基先生であった。切小手で悩む私に『小指丘で切る!』と教えてくれた。その後また別の問題が生じた、握っている相手が危険を感じ、あるいは痛みを感じて離そうとして技が掛からない。この対処法も奥村正千代先生のアドバイスがぴったりと当てはまり解決を見た。この様に自身が心底悩んで居る時には大先輩の先生方が授けてくれた対処法は大いに役に立ち、自信が持てる様になった。

それ以後、それらの技を指導する時には心してそれを授けてくれた先生の名を出して指導に当たるよう心掛けている。現在の自分が有るのは偏にこれらの知恵(技)を授けてくれた先生に報いる為と心して指導に当たっている。

(サイプロス指導者講習会での記録)

2019/09/30

鈎手の誤解

少林寺拳法の柔法を習う時、最初に教えられるのが『鈎手守法』である。5指を張って肘を脇に付ける事で、態勢が安定して相手から崩される事なく技を掛けられると言う理論である。これは多くの指導者が同じ様な理論で技を指導していると想像する。

しかし残念ながら鈎手守法ですべてが解決するわけではない!鈎手はあくまでも技の過程の一部である事は言うまでもない。問題は最初に習った『5指を張って、肘を脇に付ける』と言う事を過剰に意識する事で、その後の技に対する動作(練習)が誤った結果を招く事を何度か見ている。

鈎手とは腕を固める事が目的ではない、逆に固める事によりその後の動きが相手に悟られ技の流れが途切れてしまう事になる。合気道などの他武道には、鈎手で自身の体制が崩されるのを守ると言う概念は無い。この様に考えると鈎手は初期動作として5指を張り、肘を脇に付ける動作ではあるが、一瞬の動きであり1秒も2秒も鈎手を続ける(固まる)と言う事では無い。

鈎手はセンサー(感知装置)である。最初に手首等をつかまれた時、崩されないように守る事ばかりに意識が行くと固まってしまう。 これでは相手の動きが分かるはずもない。センサーと考えれば相手の意識(目的)も感知しやすくなるはずである。相手との貴重な接点と捉えれば鈎手の意味も少しは理解できると思う。

ではどの様な鈎手が有効なのか? 相手に捕られた手首は瞬時に5指を張り鈎手の態勢に入るが、ほとんど同時に脱力する事で相手の目的や力の加わり方が感触として分かるようになる。また脱力で相手にも自身のその後の力の入る方向(目的)を悟られる事を防ぐことが出来る。相手が気付いた時には技は決まっていることになる。

(スイス講習会での記録)

2019/09/18

日本と英国の共通点

日本と英国はどの様な共通点があるのか?
両国とも海洋国家(島国)である。大陸は間近な距離ではあっても繋がっては居ない。

明治維新後の日本は西欧の国々に多くの事を学び取り入れてきた歴史がある。

その様な中で面白い現象が有る。日本と英国は共に自国語で外国の地名や人名を語る。日本では中国の事を『チュウゴク』と呼ぶ。北京は『ペキン』習近平は『シュウキンペイ』現在世界が注目している香港行政府の長は林鄭 月娥『リンテイゲツガ』つまり漢字文化の中国は地名、人名等も日本読みが普通である。

イギリスでは漢字文化の国をオリジナルに近い発音で呼ぶことが普通である。中国は『チャイナ』北京は『ベイジン』そして習近平は『シージンピン』林鄭 月娥は『キャリー・ラム』と言う具合である。

逆にアルファベット文化の国に対して日本と英国では上記と逆になる。つまり日本がオーストリアの首都を言う時『ウィーン』、我々が指導者講習会をやった国は『キプロス』、チェコの首都は『プラハ』、ベルギーの首都は『ブリュッセル』と言うはずである。

ではイギリス人はオーストリアの首都を『ヴィエナ』、キプロスは『サイプロス』、チェコの首都は『プラグ』そしてベルギーの首都は『ブラッセル』と言う具合で若干ではあるが違っている。初めて聞いた時『ヴィエナ』が『ウィーン』だとは想像すらつかなかった。

日本はアルファベットの文化圏ではオリジナルに近い呼び方をとり、逆に漢字文化圏の地名や人名では、他国の人には通用しない意味不明な日本語読みになる。英国も漢字文化の国はオリジナル・アクセントに近く、逆にアルファベットが使われる場合には外国人には分かりづらい呼び方と言える。

それ以外の言語における特徴は分からないが、ともに島国の日本と英国は面白い共通点と言えるのかもしれない。

次の呼び方は何だか分かるかな?

1. コジェット  Courgette
2. ヴィークル  Vehicle
3. フローレンス Florence
4. ヴォラディヴォストック Vladivostok
5. ズーリック  Zurich

2019/09/09

少林寺拳法の『技』過去と現在

少林寺拳法で初期の科目表にはあったがある時期から外れた技がいくつかある。その一つに二人抜きと言う護身の技術としては有用な技を見てみたい。( BSKFの初段科目には含まれて居る)

この二人抜きと言う技は、複数の抜き技を組み合わせた総称である。『諸手突抜』や『三角抜』又は『諸手巻抜』『諸手輪抜』と言う技等で如何にうまく相手の力を利用して複数の抜き技を使い、最後は剛法で決める技とも言える。

この様な護身術としては非常に有効な、また現実味のある複数の敵に対しての対処法としての抜き技なのだが、現在の演武競技を対象とした少林寺拳法の練習では多くの指導者にとって関心の薄い技なのかもしれない。

武道としての技術を考えてみれば護身の意味するところは非常に重要だと思う。我々が教えられてきた少林寺拳法を修練する事によって得られる三徳『護身練胆、精神修養、健康増進』を考える時、護身の技術が忘れ去られて良いと言う事にはならないと思う。

その様な理由から今回は二人抜きを選んでみた。順序として技の組み合わせで使われる諸手突抜や三角抜そして諸手輪抜、巻抜を理解しておく必要がある。

最初の足捌きは両側から引っ張る二人の相手に対して、より力の強い方に寄る事。これはそれ程難しくはない。(力の弱い方に寄る事は難しいが。)

何故ならば合わせて2人の力で弱い相手を引っ張る形になる。足捌きと同時に寄った側の腕が鈎手になる事も重要な要件である。

次に素早く鈎手を解き(腕を伸ばし)逆側の相手に諸手突抜又は三角抜で抜くことが可能となる。最初の鈎手で自由に動ける範囲(腕が伸びる距離)を利用する事が可能となるからである。(詳しい動作は下の動画を参考にしてほしい)

最初に突抜又は三角抜で抜いた手で金的打ちを加え、もう一方の相手に寄足でより、諸手巻抜をして連攻撃を掛けると言う一連の動作である。確かに組演武ではやる事も無い技なのかもしれない(?)が、武の要諦としては面白い技では無いかと考える。

(サイプロス指導者講習会の映像から)

2019/08/22

IKAの指導者に求められる心構え

少林寺拳法の講習会をする都度感じる事が有る。参加する拳士の意識と目的がはっきりしている時は指導する側も比較的やり易い。

しかしながらせっかくの講習会に参加しているにも拘わらずその様な意識が希薄な人達が居る事も過去に何度か経験している。私が過去に所属していた組織での事、本部や地方での講習会等において指導員が技の実演や説明をしている最中に、何処かの道院長と思われる人達がヒソヒソ話しているところを目にした事が有る。聞く気が無くとも耳に入る言葉から、今まさに指導に当たっている指導員の技に対する批判であった。『あんな捕り方では掛からない』とか『自分が習ったやり方とは違う』と言う様な内容だった。その時感じた事は、この様な話を聞かされる拳士達はどう感じるであろうか、陰でそんな話をする指導者を見て、やる気が出るのであろうか?と言う単純な疑問だった。

一つ言える事は『万人に共通する技の掛け方などは存在しない!』個々の技を掛ける人の体力や体のサイズそして年齢等が異なり、掛けられる側も同様な条件のみならず、柔軟性や俊敏性等千差万別であると言う事を忘れてはならない。よく昔から伝えられる武道における秘伝等という物は個々の武道家の技量であり、それが普遍的に誰でも出来ると言う事とは異なると思う。

野球のバッティングにしても共通する課題は、基本をおろそかにしては上達が難しいと言う事位ではないか。基本と言うのは同様なパターンの練習をすることにより、大多数が一定のレベルに到達する為の近道と考える事が出来る。しかしながら試合の場においては自身の体力や技量のみならず、相手(投手)の体力や技術が自身それを上回ると言う事になれば、基本通りのバッティングをしても打てないと言う事は理解できると思う。

まして武道の世界であれば一握りの高段者が到達した技術一つをとっても、万人が常に同じ結果が保証されると言う訳ではない。しかしここにヒントが隠されているのではないか? 高段者の先生が到達した原則(Principle)は非常に有効なアドバイスとなり得る!しかしながらそれがすべての人に理解できると言う事ではないし、たとえ理解できたとしても先程の原理が存在する事を忘れてはならない(自身の体力、サイズ、運動能力に加え相手にも同様な条件が有る事!)

もし仮にその様な原則が理解できれば、多くの事が野球のバッティング技術と共通する事も分かるのではないか?自身に合ったフォーム、タイミング等最終的には自分で見つけるより他にはない。では少林寺拳法の技術は何でも良いのか!と言う事では無い、自身に一番合った技術を指導してくれる人を見つけると言う事になる。そう考えれば一人でも多くの指導者の技を見て、これはと言う技術(指導者)に出会ったならば、それを徹底的に追及する事が技の上達の近道かもしれない。その事が理解できれば少々個性の強い技の在り方も、個々の拳士においては大いに参考になり得る事も有ると思う。

IKAの指導者には自身の技に自信をもって指導に当たって欲しいと願うと同時に、自分とは異なった捌きや捕り方等をする指導員を批判しないで頂きたい、何故ならばそれ等が万人に有効な技では無くとも、特定の拳士には非常に参考になる事もあり得るからだ。私の経験から言える事は、自分の技も一人の先生からの技術指導だけではなく、多くの先人達の到達した技に影響を受け又アドバイスされた結果の集大成と考えるからである。

『守、破、離』まさにこの言葉の意味するところを思い出してみるのも良いのではないか。 

結手

2019/08/13

手軽に楽しめるYoutube、見る側が試される訳!

昨今の時代変化の一つにYoutuberが挙げられるかもしれない。映像を自分から発信して趣味の世界からプロの仕事まであらゆる映像を見ることが出来る。もちろん少林寺拳法の映像も沢山出て来るが、他のジャンルと同じで質の良いものからひどい内容のものまで千差万別の感がある。と言う事はどのジャンルでも見る側の知識(知恵)が必要であることは言うまでもない。

先の参議院選挙の時も実に多くの面白い映像が出ていた。それらの中にはこれまでの選挙ではありえなかった様なアジェンダ(公約)やキャッチコピーが出てきて、過去の選挙では見られなかった様な人達の活躍が目を引いた。NHKだけを標的としたアピールや、元号を幕末の新選組と組み合わせた名称など有権者に分かりやすい(選択しやすい)アジェンダを主張する事には、これまでにない新しい政治の動きが感じられた。これらの人達に共通する新しいアピールにYoutubeが大きな役割を果たした事は言うまでもない。

料理の映像も沢山ある。確かに鮮やかに料理をする映像にはいかにも旨そうな印象を受けるが、その出来上がった料理がどの様な評価を受けるのかは定かではない。見事に魚を捌く板前から寿司職人、そして和食、中華、洋食そしてストリートフードの様なあらゆるジャンルの露店料理まで、世界中の食文化の一片をそれらの中に見る事が出来る。ただ確かに見た目には旨そうでは有っても実際の味は食べてみるまでは定かではない事も確かである。

武道のYoutubeについても非常に興味深いものが沢山ある。日本ばかりではなく世界中の格闘技からボクシングや武道まで、あらゆる格闘技の映像が楽しめる。ただ先にも書いたようにこの分野も例外では無くひどいものが沢山ある。私は他の武道の事を評価するつもりは無いが、少林寺拳法の動画には指導者の一人として厳しい評価もしなければならないと考える。特に酷いと思うものは技の名称とやっている技がマッチしないものや、技術的観点からも、おそらく自身の弟子以外には通用しないであろうと思われる映像が度々あるのも事実である。日本以外の国の指導者が指導(説明)している技と名称が異なる事はある程度理解は出来るが、それでもそれらの間違った情報を元に指導を受けた拳士が世界で広まっていく事を考えると、簡単に諦めて良い問題ではないように思える。

諸々の分野の情報が簡単に手に入るYoutubeであればこそ、楽しむ側の知識とそれらの内容を吟味できる眼力が試されているのかもしれない。今Youtubeが面白い!

2019/08/06

最強の日本ウイスキー

最近のウイスキーはどれも旨いと感じるものが多い。特に日本のウイスキーがこのところ注目を集めて居るようである。以前のNHK連ドラでマッサンと言うのがあった、それがブームの火付け役かも知れないが、ともかく日本製ウイスキーが最近とても高額になり入手が困難な状態になりつつある。

なぜその様に日本のウイスキーが高騰しているのか?と言えば何もマッサンばかりが影響しているとは思えない。ウイスキーやブランデーの様な蒸留酒には何年もの時間が必要であることは知られている事実だ。しかしながら何らかのきっかけである銘柄のウイスキーが予想以上に沢山売れた事により、そのウイスキーを短時間で作る事が出来ないことが主な原因だと想像される。

近年ヨーロッパの名だたるウイスキーのコンテストで日本のウイスキーが優勝するなど良い成績を収めた事により、それ以前にはあまり注目をされることもなかった日本産ウイスキーが一躍世界中から注目されることになった事も原因ではないかと思う。

言うまでもなくウイスキーの産地はスコットランドやアイルランド、そしてアメリカではバーボンがありカナディアンも有名である。そこから作り出されるシングルモルトやブレンデッドのウイスキーはこれまでも大きな評価を得てきた。

以前の日本産ウイスキーは世界中でそれ程大きな評価は受けてこなかった様に思う。ところが近年の有名なウイスキーコンテストで高評価を受けた大きな要因には、ブラインドテスト(銘柄を明かさないテースティング)による優勝が挙げられる。我々が成人したころの日本産ウイスキーは評価も非常に低かった。スコットランドの無名な蒸留所のウイスキーを輸入して日本で造られた新酒とブレンデッドのウイスキーを作ったりしていた事もあった。それが全部悪いと言っている訳ではない、そこから学ぶ事も多かったと思う。

多くのスコッチウイスキーは結構個性が強い特徴があり、それがまた愛好家に支持される所以なのかもしれない。スコッチウイスキーはシングルモルトがその代表格だと思う。ハイランドやローランドモルトなどと呼ばれ、それらの蒸留所の場所からくる個性を特徴としている。

又は○○アイル等の島で生産されるウイスキーは結構強いスモーキーなフレーバーを特徴としているものが沢山ある。日本人の好みとはおそらく逆のテイストではないかと思うが、なんでもマッサンの主人公はスコッチのスモーキーなフレーバーにもこだわりが有ったとストーリーの中で紹介されていた記憶がある。そのこだわりから見つけた北海道の余市と言う場所がスコットランドの環境に似ていた事がその後のウイスキー生産に繋がったと言う事らしい。

偉そうに講釈を申し述べるほど小生にウイスキーの知識は無い。しかしながら今日世界が認めた日本産ウイスキーが次々に販売が中止になったり、プレミアの付いたウイスキーがとんでもない値段で取引されると言う現象には全く残念としか言いようが無い。 せっかく世界で評価された日本のウイスキーは買い占めなんぞしないで欲しい。それでなければこの様な時流(日本のウイスキーがもてはやされる)も一過性で終わる様な事も十分に考えられるのではないか。

最近ではロンドンのスーパーでウイスキーが並ぶ棚には日本産ウイスキーの銘柄も散見する。20年前では考える事も出来なかったことだ。世界を席巻する昨今の日本産ウイスキーが、将来的にも世界中から末永く愛され続けて欲しいと願うものである。これ等日本産ウイスキーもこだわりが生んだ日本の名産品として、オリジンを超える評価を後世に残して欲しいと願うばかりである。単なる呑兵衛の与太話にお付き合いいただき恐悦です。