2019/05/05

新たな門出、令和に少林寺拳法をどの様に伝えるのか

何度かこのブログを見ていると言って頂いた人たちから、『もう更新はしないのですか?』と問い合わせを頂いた事もある。まずは長らくこのブログを更新しなかった事をお詫びしたい。

最後にブログを更新した時からすでに2年もの時間が流れた事になる。時代はその間に平成から先日新たな元号の「令和」に代わった。我々の活動もその間においても続いていた事は変わりない。

毎年のことながらIKAの行事で加盟国の拳士を対象とした講習会や大会も開催されている。その様な中にあって参加国も少しずつではあるが増え、現在では9カ国になっている。

この間にIKA加盟国はインドネシア連盟(Porkemi)、香港が新しく加わり9カ国となった。これまでのIKABSKFを含めどちらかと言えば拳士数や支部数においても大きな国の連盟は無かった。

しかしながら昨年の11月に新たに加わったインドネシア連盟は支部数や加盟拳士の数においては圧倒的に大きな組織である。私もWSKO理事の時代には2度ほどインドネシアを訪問したことがあるが当時から組織も際立って大きく、立派な本部道場があり日本の組織に勝るとも劣らないナショナルな連盟であった。

組織運営においても連盟内にCongress(代表者による議会)が有り、すべての重要議案が民主的な運営で行われて居たことは強く印象に残っている。

開祖存命中から日本以外で最初に設立された国の連盟がインドネシアのPerkemi(兄弟姉妹と言う意味らしい)で1960年代中頃に活動が始まり現在に至っている。その様な長い歴史を持つインドネシア連盟がなぜWSKOから離れ,我々のIKAに加わる事になったのか?今もって定かではない。

ただ一つ言える事は、この度のIKA参加は、我々から彼らに働きかけたものではない。前のPerkemi時代に連盟会長職を長年務められたティンブルさんから、話を聞かせて欲しいと打診があった事がきっかけである。IKAの規約も送りその内容をCongressで話し合ってもらった結果、IKA加盟と言う結論に達した様である。

ティンブル代表はインドネシアでは最も名の知れた弁護士である。BSKFとWSKOとの名称問題についても十分理解されていた。その事も彼らが安心してIKAに加わる事を決断した大きな要因ではなかったかと思う。かつてお会いしたインドネシア連盟40周年記念式典の時にも、気軽に冗談を飛ばし周りを楽しい雰囲気に包む人柄であった。

まだまだ我々のIKAは発足後3年半と言う発展途上の団体である。しかしながら運営に於いてはインドネシア連盟も満足(納得)できるシステムである事は、今回の彼らの行動が如実に物語っている。

新しく立ち上げたインドネシア連盟はPorkemiと呼ぶとの事である。彼等の新組織が立ち上げになる式典にはインドネシアの国営放送局も取材班を送り、それをニュースとして流したようである。私も出席を要請されたが時間的制約もあり、ビデオメッセージと言う形で参加した。その時のニュースはYouTubeで誰でも見ることが出来る。

開祖宗道臣が残した少林寺拳法をどのような形で後進に残していく事が出来るのか、私達少林寺拳法関係者に課せられた大きな課題である。




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