皆さん明けましておめでとうございます。
年が改まり令和二年です。私達の国際拳法協会(IKA)も6か国で立ち上げた2015年の結成以来5年目に入りました。
その間にもIKAには参加する国が増え続け、昨年末に新しく加わったマレーシアを含め、現在では10か国が参加する組織にまで発展する事が出来ました。
これもIKA指導者の献身的な努力と、そこに参加する拳士相互の協力がもたらした結果ではないかと信じます。
私達IKAはこれからも発展して参ります。その精神は『伝統を継承しつつも、時代に合わせて進化していく!』と言う思いです。
旧年にも勝るご尽力とご協力をお願い申し上げます。
合掌
2019/11/26
返し技を理解する事で分かる事
少林寺拳法の技を理解するうえで重要な要因がある。複雑な技であればなおさらの事、これらの要因は無視できない。技の指導をする場合、個々のポイントで最初から一つ一つ止めて解説しながら説明している指導者を見た事が有る。これらの方法はともすると誤解を受けやすい。習った側は技を掛けられる側が抵抗する事を考慮する事なく練習するからである。
究極的な護身の技を行使する時には、考えたり止まったりと言う状況は考えにくい。少なくとも指導する場合においては、初めは説明では無く一気に技を掛ける必要がある。その後でポイント毎に説明を加える事は大切ではあるが。
技の流れが止まる事によって考えられるリスク(相手のカウンターアタック、返し技)が有る事を無視して練習すると、現実の護身の時には使えない技になってしまうと言う事もあり得る。このビデオはサイプロスの指導者講習会における解説である。腕十字や片胸落と言う様な比較的に初期の段階で習う技でも、同様のリスクが存在する事を認識する必要がある。
また返し技を知る事で如何に正確な技が大切か!そしてどの様な事に注意しないと相手から返し技を掛けられるリスクが生じるのか、と言う事を説明している。カウンターアタックのリスクを認識した上で腕の位置、持ち方、技の方向や角度と言った個々のポイントを認識して練習する事で、より正確な技の修得に繋がると考える所以である。
究極的な護身の技を行使する時には、考えたり止まったりと言う状況は考えにくい。少なくとも指導する場合においては、初めは説明では無く一気に技を掛ける必要がある。その後でポイント毎に説明を加える事は大切ではあるが。
技の流れが止まる事によって考えられるリスク(相手のカウンターアタック、返し技)が有る事を無視して練習すると、現実の護身の時には使えない技になってしまうと言う事もあり得る。このビデオはサイプロスの指導者講習会における解説である。腕十字や片胸落と言う様な比較的に初期の段階で習う技でも、同様のリスクが存在する事を認識する必要がある。
また返し技を知る事で如何に正確な技が大切か!そしてどの様な事に注意しないと相手から返し技を掛けられるリスクが生じるのか、と言う事を説明している。カウンターアタックのリスクを認識した上で腕の位置、持ち方、技の方向や角度と言った個々のポイントを認識して練習する事で、より正確な技の修得に繋がると考える所以である。
(サイプロス指導者講習会の映像)
2019/11/10
課題を決めて練習するーその2
順蹴りが今回の課題である。
理由は前回と同じで、課題がある事で迷いがなくなる。その事で相手の蹴り・間合いに対するリアクション(反応)がよりスムーズに行えると言う理屈である。
相手との間合いの取り方は、それぞれの身長や手足の長さにもよるが、相手から蹴りの間合いの取り方(測り方)は、相手が差込み足や差替え足等で間合いを詰めないと攻撃出来ない間隔を言う。ある程度の経験は必要ではあるが、突の間合いよりも広くとる事で相手に蹴りの攻撃させやすくする事が可能になる。
理由は前回と同じで、課題がある事で迷いがなくなる。その事で相手の蹴り・間合いに対するリアクション(反応)がよりスムーズに行えると言う理屈である。
相手との間合いの取り方は、それぞれの身長や手足の長さにもよるが、相手から蹴りの間合いの取り方(測り方)は、相手が差込み足や差替え足等で間合いを詰めないと攻撃出来ない間隔を言う。ある程度の経験は必要ではあるが、突の間合いよりも広くとる事で相手に蹴りの攻撃させやすくする事が可能になる。
(スイス講習会での記録)
2019/10/25
課題を決めて練習するーその1
格闘技の練習の中で一番難しいのが相手の動きに対する的確な対応ではないか。何故ならば相対した時に相手の動きが直ちに読めると言う訳ではない、通常は攻防の中で少しづつ相手の特徴が分かり始める。その様な状態で相手がどの様な攻撃を仕掛けて来るのか分からない時、自身がすでに頭の中を整理しておく事により、ある程度は迷いが無く反撃の技が出せると言う事である。
先ず相手に対しての間合いを整理する必要がある。突きの間合いなのか、蹴りの間合いなのか。初めに自分がやろうとする技を限定しておくことにより迷いがなくなる!それを効果的に使う事により、全くプランが無い状態よりもより効果的な反応が出来ると言う練習方法である。
先ず我は『逆蹴りのみ』と言う結論を出す。技としては払受蹴り、十字受から逆の下段蹴り。この2種類のみのカウンター攻撃と言う事を決めて練習する事で他にあれこれと考える必要がなくなる!この事によりよりシンプルにカウンターの反撃に入る事が出来ると言う理屈である。自分がやる事を決める事により迷いを消すことが今回の目的であると言う事を理解して練習してみたらどうであろうか。簡単に反撃が出来たと言う人は目的が達せられたことになる。
先ず相手に対しての間合いを整理する必要がある。突きの間合いなのか、蹴りの間合いなのか。初めに自分がやろうとする技を限定しておくことにより迷いがなくなる!それを効果的に使う事により、全くプランが無い状態よりもより効果的な反応が出来ると言う練習方法である。
先ず我は『逆蹴りのみ』と言う結論を出す。技としては払受蹴り、十字受から逆の下段蹴り。この2種類のみのカウンター攻撃と言う事を決めて練習する事で他にあれこれと考える必要がなくなる!この事によりよりシンプルにカウンターの反撃に入る事が出来ると言う理屈である。自分がやる事を決める事により迷いを消すことが今回の目的であると言う事を理解して練習してみたらどうであろうか。簡単に反撃が出来たと言う人は目的が達せられたことになる。
(スイス講習会での記録)
2019/10/11
切小手の捕り方
少林寺拳法の指導者として過去にいろいろな場所で指導してきた。
私より身長の低い拳士が一人も居なかったスウェーデンやフィンランド等のスカンジナビア半島の国から、標高1000Mを超える空気の薄さを感じる国や、環境から来る身体能力の非常に高いアフリカのケニア、タンザニア等と言った国々まで指導する機会を得た。
そこで分かったことがいくつか有る。自分達の現在やっている技に対する研究と進化の大切さである。研究心が足りなければ進化も適わないのみならず、より強大な者には技が通じない。その時に役立った事は図らずも先輩指導者による知恵だった。
ここで紹介する技にもそれら先輩諸氏の血の滲む様な研鑽と努力の跡が見て取れる。正直言って切小手と言う技は自分が指導者になった後も全く自信が持てなかった。言葉の通じない場所での指導であれば説明して倒すことなど不可能である。そんな悩みをぶつけた時に偉大な先人達は少しも隠すことなく指導してくれた。
そんな一人が柔法で名を馳せた森 道基先生であった。切小手で悩む私に『小指丘で切る!』と教えてくれた。その後また別の問題が生じた、握っている相手が危険を感じ、あるいは痛みを感じて離そうとして技が掛からない。この対処法も奥村正千代先生のアドバイスがぴったりと当てはまり解決を見た。この様に自身が心底悩んで居る時には大先輩の先生方が授けてくれた対処法は大いに役に立ち、自信が持てる様になった。
それ以後、それらの技を指導する時には心してそれを授けてくれた先生の名を出して指導に当たるよう心掛けている。現在の自分が有るのは偏にこれらの知恵(技)を授けてくれた先生に報いる為と心して指導に当たっている。
私より身長の低い拳士が一人も居なかったスウェーデンやフィンランド等のスカンジナビア半島の国から、標高1000Mを超える空気の薄さを感じる国や、環境から来る身体能力の非常に高いアフリカのケニア、タンザニア等と言った国々まで指導する機会を得た。
そこで分かったことがいくつか有る。自分達の現在やっている技に対する研究と進化の大切さである。研究心が足りなければ進化も適わないのみならず、より強大な者には技が通じない。その時に役立った事は図らずも先輩指導者による知恵だった。
ここで紹介する技にもそれら先輩諸氏の血の滲む様な研鑽と努力の跡が見て取れる。正直言って切小手と言う技は自分が指導者になった後も全く自信が持てなかった。言葉の通じない場所での指導であれば説明して倒すことなど不可能である。そんな悩みをぶつけた時に偉大な先人達は少しも隠すことなく指導してくれた。
そんな一人が柔法で名を馳せた森 道基先生であった。切小手で悩む私に『小指丘で切る!』と教えてくれた。その後また別の問題が生じた、握っている相手が危険を感じ、あるいは痛みを感じて離そうとして技が掛からない。この対処法も奥村正千代先生のアドバイスがぴったりと当てはまり解決を見た。この様に自身が心底悩んで居る時には大先輩の先生方が授けてくれた対処法は大いに役に立ち、自信が持てる様になった。
それ以後、それらの技を指導する時には心してそれを授けてくれた先生の名を出して指導に当たるよう心掛けている。現在の自分が有るのは偏にこれらの知恵(技)を授けてくれた先生に報いる為と心して指導に当たっている。
(サイプロス指導者講習会での記録)
2019/09/30
鈎手の誤解
少林寺拳法の柔法を習う時、最初に教えられるのが『鈎手守法』である。5指を張って肘を脇に付ける事で、態勢が安定して相手から崩される事なく技を掛けられると言う理論である。これは多くの指導者が同じ様な理論で技を指導していると想像する。
しかし残念ながら鈎手守法ですべてが解決するわけではない!鈎手はあくまでも技の過程の一部である事は言うまでもない。問題は最初に習った『5指を張って、肘を脇に付ける』と言う事を過剰に意識する事で、その後の技に対する動作(練習)が誤った結果を招く事を何度か見ている。
鈎手とは腕を固める事が目的ではない、逆に固める事によりその後の動きが相手に悟られ技の流れが途切れてしまう事になる。合気道などの他武道には、鈎手で自身の体制が崩されるのを守ると言う概念は無い。この様に考えると鈎手は初期動作として5指を張り、肘を脇に付ける動作ではあるが、一瞬の動きであり1秒も2秒も鈎手を続ける(固まる)と言う事では無い。
鈎手はセンサー(感知装置)である。最初に手首等をつかまれた時、崩されないように守る事ばかりに意識が行くと固まってしまう。 これでは相手の動きが分かるはずもない。センサーと考えれば相手の意識(目的)も感知しやすくなるはずである。相手との貴重な接点と捉えれば鈎手の意味も少しは理解できると思う。
ではどの様な鈎手が有効なのか? 相手に捕られた手首は瞬時に5指を張り鈎手の態勢に入るが、ほとんど同時に脱力する事で相手の目的や力の加わり方が感触として分かるようになる。また脱力で相手にも自身のその後の力の入る方向(目的)を悟られる事を防ぐことが出来る。相手が気付いた時には技は決まっていることになる。
しかし残念ながら鈎手守法ですべてが解決するわけではない!鈎手はあくまでも技の過程の一部である事は言うまでもない。問題は最初に習った『5指を張って、肘を脇に付ける』と言う事を過剰に意識する事で、その後の技に対する動作(練習)が誤った結果を招く事を何度か見ている。
鈎手とは腕を固める事が目的ではない、逆に固める事によりその後の動きが相手に悟られ技の流れが途切れてしまう事になる。合気道などの他武道には、鈎手で自身の体制が崩されるのを守ると言う概念は無い。この様に考えると鈎手は初期動作として5指を張り、肘を脇に付ける動作ではあるが、一瞬の動きであり1秒も2秒も鈎手を続ける(固まる)と言う事では無い。
鈎手はセンサー(感知装置)である。最初に手首等をつかまれた時、崩されないように守る事ばかりに意識が行くと固まってしまう。 これでは相手の動きが分かるはずもない。センサーと考えれば相手の意識(目的)も感知しやすくなるはずである。相手との貴重な接点と捉えれば鈎手の意味も少しは理解できると思う。
ではどの様な鈎手が有効なのか? 相手に捕られた手首は瞬時に5指を張り鈎手の態勢に入るが、ほとんど同時に脱力する事で相手の目的や力の加わり方が感触として分かるようになる。また脱力で相手にも自身のその後の力の入る方向(目的)を悟られる事を防ぐことが出来る。相手が気付いた時には技は決まっていることになる。
(スイス講習会での記録)
2019/09/18
日本と英国の共通点
日本と英国はどの様な共通点があるのか?
両国とも海洋国家(島国)である。大陸は間近な距離ではあっても繋がっては居ない。
明治維新後の日本は西欧の国々に多くの事を学び取り入れてきた歴史がある。
その様な中で面白い現象が有る。日本と英国は共に自国語で外国の地名や人名を語る。日本では中国の事を『チュウゴク』と呼ぶ。北京は『ペキン』習近平は『シュウキンペイ』現在世界が注目している香港行政府の長は林鄭 月娥『リンテイゲツガ』つまり漢字文化の中国は地名、人名等も日本読みが普通である。
イギリスでは漢字文化の国をオリジナルに近い発音で呼ぶことが普通である。中国は『チャイナ』北京は『ベイジン』そして習近平は『シージンピン』林鄭 月娥は『キャリー・ラム』と言う具合である。
逆にアルファベット文化の国に対して日本と英国では上記と逆になる。つまり日本がオーストリアの首都を言う時『ウィーン』、我々が指導者講習会をやった国は『キプロス』、チェコの首都は『プラハ』、ベルギーの首都は『ブリュッセル』と言うはずである。
ではイギリス人はオーストリアの首都を『ヴィエナ』、キプロスは『サイプロス』、チェコの首都は『プラグ』そしてベルギーの首都は『ブラッセル』と言う具合で若干ではあるが違っている。初めて聞いた時『ヴィエナ』が『ウィーン』だとは想像すらつかなかった。
日本はアルファベットの文化圏ではオリジナルに近い呼び方をとり、逆に漢字文化圏の地名や人名では、他国の人には通用しない意味不明な日本語読みになる。英国も漢字文化の国はオリジナル・アクセントに近く、逆にアルファベットが使われる場合には外国人には分かりづらい呼び方と言える。
それ以外の言語における特徴は分からないが、ともに島国の日本と英国は面白い共通点と言えるのかもしれない。
次の呼び方は何だか分かるかな?
1. コジェット Courgette
2. ヴィークル Vehicle
3. フローレンス Florence
4. ヴォラディヴォストック Vladivostok
5. ズーリック Zurich
両国とも海洋国家(島国)である。大陸は間近な距離ではあっても繋がっては居ない。
明治維新後の日本は西欧の国々に多くの事を学び取り入れてきた歴史がある。
その様な中で面白い現象が有る。日本と英国は共に自国語で外国の地名や人名を語る。日本では中国の事を『チュウゴク』と呼ぶ。北京は『ペキン』習近平は『シュウキンペイ』現在世界が注目している香港行政府の長は林鄭 月娥『リンテイゲツガ』つまり漢字文化の中国は地名、人名等も日本読みが普通である。
イギリスでは漢字文化の国をオリジナルに近い発音で呼ぶことが普通である。中国は『チャイナ』北京は『ベイジン』そして習近平は『シージンピン』林鄭 月娥は『キャリー・ラム』と言う具合である。
逆にアルファベット文化の国に対して日本と英国では上記と逆になる。つまり日本がオーストリアの首都を言う時『ウィーン』、我々が指導者講習会をやった国は『キプロス』、チェコの首都は『プラハ』、ベルギーの首都は『ブリュッセル』と言うはずである。
ではイギリス人はオーストリアの首都を『ヴィエナ』、キプロスは『サイプロス』、チェコの首都は『プラグ』そしてベルギーの首都は『ブラッセル』と言う具合で若干ではあるが違っている。初めて聞いた時『ヴィエナ』が『ウィーン』だとは想像すらつかなかった。
日本はアルファベットの文化圏ではオリジナルに近い呼び方をとり、逆に漢字文化圏の地名や人名では、他国の人には通用しない意味不明な日本語読みになる。英国も漢字文化の国はオリジナル・アクセントに近く、逆にアルファベットが使われる場合には外国人には分かりづらい呼び方と言える。
それ以外の言語における特徴は分からないが、ともに島国の日本と英国は面白い共通点と言えるのかもしれない。
次の呼び方は何だか分かるかな?
1. コジェット Courgette
2. ヴィークル Vehicle
3. フローレンス Florence
4. ヴォラディヴォストック Vladivostok
5. ズーリック Zurich
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